ピアノ ・ マン

〜はじめのつぶやき〜
ジャズテイストの楽曲でお楽しみください。
BGM:My love
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「かえって落ち着かない」
「そう?」
「そりゃそうだわな」

真っ白な壁の控室で吉村と総司を前に理子は落ち着かなくて、妙にテンションが高い。
今日のステージは二人の共演で女性客が非常に多い。いつもなら自分がステージの上に乗る側なのに、今日は自分だけが客席だ。

「歳也さん、遅いですね」
「仕事、ぎりぎりまでかかるって言ってたもの。藤堂さん誘えばよかった」

最後の部分だけ総司がさっくりと聞かなかったふりをするのも分かっていて、あえて口にしてみる。面白そうに吉村が笑った。

「言い合うならそれぞれ懺悔でもしてきなよ」

木製の椅子に座った吉村が言うとおり、そこは教会で、ボランティアのバザーのために吉村と総司は数曲弾くためにここにいた。総司には調律の仕事のほかに弾く方の仕事が増え始めていた。

今日はボランティアということで、教会にもともとあったアップライトとオルガンの調律をした上で二人で演奏するらしい。

「結局、二人とも何を演るのか教えてくれなかったんだもの」
「だからさ、それは秘密っていったじゃん?理子ちゃん。それより、もう始まるから向こうに行ったら?」

体よく吉村に追い出された理子は、渋々教会の中へ向かった。

「何、喧嘩してんの?」

総司をからかった吉村に、総司が軽く肩をすくめた。ジャケットを羽織ると、きゅっとネクタイを締める。

「吉村さん」
「ん?」
「今日は彼女のために弾くんですか?」

同じようにネクタイを締めていた吉村の手が止まった。口の端だけがくくっと上がって、いつもの吉村の顔が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

「お前、嫌な奴だなぁ」
「……理子が、心配してましたから」
「ああ……」

そう言えば知ってたっけ、と吉村は再び手を動かしながら呟いた。それ以上の話は必要なくて、腕時計を見て時間を確かめていると、ボランティアのスタッフが二人を呼びにきた。

「いくか」
「ええ」

そういって、歩きだした二人はアップライトの前に総司が、オルガンの前に吉村が座った。スタッフが二人を紹介すると、教会の中に入りきれないほどの人が集まっていた。
理子は、一番奥の隅に立っていて隣に歳也が一緒に立っている。総司が一瞬で理子の姿を捉えるのと同時に、吉村は真っ白なバラを一輪、オルガンの前に置いた。

呼吸を合わせると、初めは総司が鍵盤の上に指先を落とした。

 

ざわざわとどこかで聞いたことのある曲に客達が反応し、拍手が起こる。

「どっかで聞いたな」

スーツ姿で理子の隣に立っていた歳也が理子に向かって囁いた。理子や総司の仕事がら音楽イベントには連れ回されることが多いが、曲を覚えることはしないので、すべてがどこかで聞いた曲になりがちだ。
身長差のために、理子はくいっと歳也の肩に手を置いた。

「Open Arms、映画でも使われてたし、CMにもなった曲」

 

But now that you’ve come back
Turned night into day
I need you to stay.

 

ジャズテイストで弾く総司の後に続いて、吉村がメインを引いて、今度は総司が伴奏に回る。

「今度はなんだ」
「Now You’re Not Here。これもCMになったことがあったと思うわ」

理子は歳也に囁いて教えながら、やはり吉村がここで弾くのは彼女のためだと確信した。

 

Convincing me it’s real
Now you’re not here
Now you’re not here

 

『一緒なら……たとえ、神に罰を下されてもよかった』

理子の脳裏に、黒いスーツを着て、泣けずにただ教会の中で長椅子に寄りかかっていた姿が、まるで昨日のことのように思い浮かぶ。

吉村が、一緒になろうとしていた女性は、病に倒れた。吉村は、それを知った後に、理子にだけはこんなことを言っていた。本気で惚れた相手で、かつて幸せにできなかった分も愛して、愛されて、過ごせると思っていた。

 

どんな目にあっても。

 

今度こそ幸せにしたかった。
それを後悔することもできない吉村が痛くて、理子はそれ以来その話には触れられずにいた。だから今回、教会のボランティアだと聞いて、心配のあまり総司にだけは話していた。

その次の曲は、Every Breath You Take。

―― ずるいな。男同士って

二人が、二人だけで分かり合って選曲しただろう姿が思い浮かぶ。共に、愛した女のために。

 

Oh, can’t you see
You belong to me
How my poor heart aches
With every step you take

 

「なんだかなぁ。俺からすると聞いてるだけで恥ずかしくなってくるぞ」
「そうかな。彼女も今頃聞いてるはずじゃない?」

 

『来世でまた出会うまで、ずっと俺はあいつと一緒に生きて、愛し続けるさ』

 

『大丈夫。来世で会うまでずっと待ってる』

 

– 終わり –