薔薇と刃 前編

〜はじめのつぶやき〜
現世の嫉妬に狂う総ちゃんです。
BGM:氷室京介 JEALOUSYを眠らせて
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「今日は休み?」
「ええ。斎藤さんのところに代打に行ってきます」
「打ち合わせの打ち合わせってことで合ってます?」
「うん」

いつもスーツっぽい姿ではあるものの、今日の総司はカラーシャツではなく、シンプルな白にラインの模様が入ったシャツにネクタイをしている。いつものちょっと洒落た、堅気のサラリーマンには見えないスーツ姿とは少し違っていて、新鮮な気がした。

未だに、少しだけ口数が少なかったり、時々拗ねた顔をする総司に困ったなぁと思いながら理子は仕事に向かう支度を始めた。

藤堂と出かけて飲みすぎて泊ったところに迎えに来てもらった日。朝になって目が覚めた理子は、部屋のソファに座っている総司を見て驚いて起きあがった。

「えっ、なんで?」

ぼんやりした頭でも、飲みすぎて藤堂に部屋まで送ってもらったことはわかってる。そのあと、藤堂が理子を置いて帰ったとしてもそこに総司がいるのがわからなかった。

目を閉じて、肘をついていた総司が目を開けて理子を見ると何も言わずにじっと理子を見つめている。何があったわけでもないが、なぜか悪いことをしたような気がして、理子は視線を彷徨わせた。

「……ごめんなさい」

何を言うか迷っていた総司は、しばらく考えてから結局何を言っていいのか分からなくなって、つきっぱなしのテレビに視線を戻した。

「シャワー、浴びて着替えてきたら」
「……はい」

反省しているのか、しゅん、とした理子がベッドから這い出してバスルームに入ると、総司の脳内では昔の記憶が甦っていた。

―― 神谷さんもそうでしたっけね

酒に余り強くないくせに、よく飲んで酔い潰れて、何度もセイであることがばれそうになって苦労した事を思い出す。そのたびに、総司が助け出して、庇ってやった。何度叱っても、懲りずに繰り返すセイを放っておけずに、幾度も助けに行った。

今も、藤堂を信用しているのだろう。それを怒っても仕方がない。

シャワーを浴びて出てきた理子が、総司の目の前からバックを掴んで、再びバスルームに戻っていく。化粧を済ませた理子が戻ってくると、ベッドサイドに置かれていた理子の携帯をその手に落とした。

「行きましょうか」
「……はい」

手を差し出すと、理子の手を掴んで部屋を出る。総司の態度に理子も何も言えずに、そのあとについて家に帰った。
それから少しだけ総司の様子がおかしい。理子が怒っているのかと聞いても、そんなことはないと答える。

「ごめんなさい」
「謝ることはないでしょう?貴女も大人の女性なんですから」

それきり、総司は藤堂の話をしなくなった。
今までは時々、一緒に飲みに行くとか、藤堂の店にそれぞれで行くか、二人で行っていたのにぴたりと行かなくなった。

理子は、あの後迷惑をかけたと藤堂に詫びのメールを入れており、藤堂からも今まで通り連絡は来ている。

 

支度が終わった理子は、もう一度総司を振り返った。

「私、今日は早めに終わるけど、何かあれば連絡くださいね」
「いってらっしゃい」

返事らしい返事は返さずに理子を送り出した総司は、斎藤と約束した通り、病院まで向かった。

斎藤の元に向かった総司は、病院の廊下で仕事中の斎藤と会った。

「休みのところすまないな。もうすぐ終わるんだが、待っててもらえるか?」
「もちろんですよ。そのために来たんですから」

斉藤の時間がきっちり終わるとは思っていなかったから、初めに顔だけを出したのだ。気長に待つつもりで面会者が待つ喫茶室へむかった総司は、紙コップのコーヒーを手に窓際に座った。

窓の外を眺めている間に頭の中をぐるぐるとしていたのは結局同じことばかりで、総司はため息をついた。自分がこれだけこだわる男だったのかと、次々思い浮かぶのはマイナス思考のことばかりだ。

しばらくすると、白衣から私服に着替えた斎藤がやっと仕事から解放されてきた。

「すまん。随分待たせた」
「構いませんよ。ひどい顔色ですね。家に?」
「ああ。帰る」

疲れきった顔の斎藤と共に、総司は斎藤の家に向かった。

「すまない。今、式と旅行のために他の担当の休みを全部引き受けているもんでな」
「無理しすぎじゃないですか?」

今日会ってから何度目かの詫びを口にする斉藤に、総司が咎めるような目を向けた。

「どこも今は忙しいんだ。仕方ない」
「まあ、好みやリクエストを聞いて打ち合わせの代打くらいはいくらでもしますけどね。医者の不養生って知ってます?」

斉藤の仕事を考えれば仕方がないと思いながら口にした総司に、途中で斎藤が振り返った。

「お前……古いな」
「斎藤さん、まだ余裕ありますね」
「当たり前だろう」

総司を連れて家に入った斎藤は、冷蔵庫からペットボトルを取り出すと一本を総司に放り投げた。

「あっぶないじゃないですか」
「うるさいぞ、お前」

どさっとリビングのソファに沈み込むと冷えたペットボトルと額に乗せた斎藤が横になった。テーブルの上に恭子がまとめているファイルが置かれている。手を伸ばした総司はファイルを開いた。そこには、斎藤と総司宛に細かいメモが書き込まれてあった。

「じゃあ、勝手に始めますよ?えーと……」
「それは読んだ。大体はあれのしたいようにさせてやってくれ。俺は派手なものは避けたい。ただ、やるべきことはやる。好みの色は神谷がよくわかっているから打ち合わせに一緒に連れていくといい」
「……」

最後の一言に総司が黙った。打ち合わせの代打をするのは引き受けたが、恭子の同行だけでそこに理子を一緒に連れていくという話にはなってなかった。

「最近お前の様子がおかしいってあいつが気にしてたぞ」

横になった斎藤が片腕をあげて総司の顔を見た。総司が目の前のファイルに聞きとったことをメモして、ゆっくりとファイルを閉じた。
テーブルに置いていたペットボトルのキャップを捻ると、総司は常温になった水を飲み下した。

「情けないです」
「何がだ?」

膝の上でペットボトルとキャップを転がした総司は、悶々としていたものをため息とともに吐き出した。

「自分が、です。本当に、情けないですよ。これじゃただの嫉妬に狂った男だ」

それを聞いた斎藤がゆっくりと半身を起こすと、面白そうに笑った。目の前でくくっと笑う斎藤に、総司が顔を上げると、本当に珍しく斎藤が思い切り笑っていた。

「なんですか?斎藤さん。そんなにおかしいこと言いました?」
「アンタ……。大昔と発言が一緒だぞ?」

笑う斎藤の脳裏にも、総司と同じように清三郎の面倒を見ながら、清三郎に近づく男達に不機嫌になって当たり散らしていた男の姿が浮かんでいた。
弄んでいた手を止めた総司が、斎藤が思い浮かべた情景を同じように連想して眉間に皺を刻んだ。

「そういえば、同じように斎藤さんにこぼして、叱られたのを思い出しましたよ」
「叱ってないだろうが。恋敵だった俺にいうか?」
「あの頃は、他に誰にも言えなかったんですよ!」
「じゃあ、藤堂にでもこぼすか?」

ぐっと言葉に詰まった総司は苦い顔で斎藤を見返した。
斎藤の式の打ち合わせに来たはずが、自分の愚痴をこぼす事になった総司は片腕をあげてくしゃっと髪をかきあげた。

 

 

– 続く –