薔薇と刃 中編

〜はじめのつぶやき〜
現世の嫉妬に狂う総ちゃんです。
BGM:氷室京介 JEALOUSYを眠らせて
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「何をそんなにキレてるんだ?」
「キレてるわけじゃないですよ。ただ……」
「ただ何だ?」

口ごもった総司に斎藤はさらりと問いかけた。斎藤にとってはもうすでに通って来た過去の道だ。
どういう風に感じて何に苦しむかなんて、今さら聞くまでもないことではある。そこをあえて聞くのは、斉藤との立場の違いでどう思っているかに興味があったからだ。

「昔よりも、今のほうが苦しいんですよ。何ででしょうね」

手に入りそうで入らないからこそ嫉妬を覚えても我慢が出来たのか、誰の者にもならないからこそどこかで安心していたのか。
今は、自分の腕の中にいるからこそなのか。

「藤堂さんは当たり前のことを言ってるんです。私だけ好き勝手しておいて、理子が藤堂さんや歳也さんと会ったり、仕事の相手と過ごすことをとやかく言うことなんてできないんですよね。それはわかってるんですけど、どうしても、時々……」
「屯所にいたように、外出禁止にして自分だけを慕うように仕向けるか」
「屯所って……そこまでは言いませんよ。無理だってわかってるんです。でも、本当に目に映るものなら斎藤さん相手でも嫉妬しそうなんですよ」

さっきまでは面白がって笑っていた斎藤の口元に、今度は苦笑いが浮かんだ。
昔は、とんだ野暮天でまともに女と付き合ったこともないような男だったが、清三郎にだけは本当に命懸けで大事にしていた。

今は、それなりに女が放っては置かない顔と、その振舞い、会社員よりは自由になる時間、おまけにピアノの腕もいいとくれば、本当に自分から動かなくても不自由したことはなかったのだろう。そこだけは、あの鬼副長の弟分の面目躍如とでもいうべきかもしれない。
だからこそ、嫉妬の度合いも深いのかもしれない。

「アンタは、今生で本当に女に不自由しない生活しか送ってこなかったみたいだな」
「あんまりな言い方じゃないですか。そんなことありませんよ。私だって振られたことくらいありますし」
「そういう問題か?本気で惚れてたわけでもあるまい」

からかうような口調に総司が本気でむっとしている。今は、どんな些細なからかいでも不機嫌になるようだ。斎藤が片手をあげて総司を制した。

「わかった。俺が言いすぎた。だがな、昔以上に苦しいのは、やはり自分がそうだからじゃないのか?」

斎藤が何を言おうとしているのかがわからなくて、総司は怪訝な顔を向けた。

―― まさか、本当にまたこの男の恋愛相談に乗る日がくるとは思わなかったな

その事実に笑いそうになりながら、斎藤はゆっくりとソファから立ち上がってキッチンに向かった。結局、開けなかったミネラルウォーターはそのまま冷 蔵庫に逆戻りして、同じ冷蔵庫の中の冷えたビールに手が伸びかけて止まる。今飲んだら間違いなく1日はたっぷりと眠ってしまいそうで、手を引いてドアを閉 めるとコーヒーメーカーに豆を放り込んだ。

豆を挽くところから全自動の機械が甲高い音を立てて豆を砕いていく。その間に、脇にある給水機にメモリに合わせた水を注いでおけば、後は機械がやってくれる。

砕かれた豆からコーヒーの香りが広がり出した部屋で、斉藤は総司の向かいに再び腰を下ろした。

「俺が思うに、だがな。自分がそうだと相手もそうだ、と思いやすい。つまり、アンタが神谷ではなく、他の女とたとえば食事に行く、仕事をする。外の時に、少しでも疚しいものがあれば、神谷もそうだと思いやすい」
「そりゃ、私だってまっとうな健康男子ですよ?きれいな女性相手だったらきれいだなぁ位思いますし、可愛い女性と一緒に食事したら楽しくないわけないじゃないですか」
「それが神谷も同じだと思うからじゃないのか?」

斎藤に畳みかけられて、総司は口ごもった。そんな風に思っているわけではない、と言いたかった。だが、相手が藤堂や歳也なら、同じ男から見ても格好いいと思うし、一緒にいても楽しいだろう。

自分よりもはるかに。

今でも、自分よりも相応しい相手がいる、と。

そこに総司の胸の内を読み取ったように斎藤が口を開いた。

「自分よりももっと神谷を幸せにするには相応しい相手がいるかもしれない、と思ってるのだろう?」
「なっ、何もそんなことは……」
「アンタ、本当にそんなところだけは昔と全く変わらんな」

―― そんなことはない

自分はあの頃ほど無欲ではない、と総司は思う。今のほうが強欲で、タチが悪いはずだ。

キャップを閉めても今どきのペットボトルはつぶしやすいように柔らかくできている。指先でその柔らかさを弄びながら総司は、何も言えずに黙り込んだ。指先が沈み込む柔らかさが自分の弱さのようだ。

キッチンのほうから、ひき終わった豆がドリップされ始めて、先程よりも強くコーヒーの香りが漂い始めた。

「もし、仮にアンタよりも相応しい男がいるとして、今あいつがいるのは誰の傍なんだ?」
「え……」

斎藤は、昔も全く同じことを言ったと思いながらそれをわざと繰り返した。

「望めば他の誰でも選ぶ機会は何度でもあった。それでも今あいつがいるのは誰の傍なんだ?」
「……っ」

斎藤の言葉に口元を押さえて俯いた総司の耳が赤くなった。
仕方のない男だといつもなら呆れて突き放すところだが、今日の斉藤は口数が多く放り出さずに話を聞いている。斎藤自身も自分の結婚が迫っているからなの か、完全に二人の兄としての立場に落ち着いたからなのか、斎藤なりに、妹分だけでなく弟分を総司を認めたのかもしれない。

―― こんな可愛げのない弟もないもんだが

今生では斎藤のほうが実年齢が上になる。
だが実際には、今の実年齢よりも過去に同年だったことのほうが自分達の中では強いと思う。藤堂は総司よりも今は年下で理子と同い年だが、本人も総司もそうは思ってないだろう。理子が一番下扱いなのは今も変わらない。

たっぷりとポットに入ったコーヒーに斎藤は立ち上がってカップにコーヒーを注いだ。自分はブラックだが、片方にはなみなみとミルクを注ぎ、砂糖のスティックも片手で真ん中からパシッと折ると、カップに落としこんで目の前にあった箸で大雑把にかき混ぜる。

総司の目の前にほぼ、カフェオレ状態のカップを置くと、自分は表面に渦巻く湯気を見ながら一口すすりこんだ。

「斎藤さん、これ……」
「子ども用だ。なにか文句でも?」
「いえ、甘いのは好きですけど……」

明らかに斎藤のカップとは色の違うコーヒーを目の前に総司が顔を上げた。
マーブル模様を描くカップをみて、手にしていたペットボトルを置いて代わりに手を伸ばした。

「ぶっ……。あの、ものすごく甘いですけど?」
「子ども用だからな」
「自分でも自覚してますからそんなにいじめないでください。頼まれたことはやりますから、理子には黙っててくださいね?」
「さてな」
「斎藤さーん」

口に出したことと、斎藤に指摘されたことで少しは悶々としていたものが落ち着いたらしい総司は、カップを手に恨めしそうな顔を向けた。

「お願いします」
「だったら、今週中に藤堂と仲直りしろ。神谷にもちゃんと話をしておけ」
「それ、今週中ですか?」
「もちろん。俺達の式が近づいてからまでごたごたされては叶わん」

涼しい顔の斎藤に、総司は天井を仰いだ。気持ちが落ち着いても早々素直になれたら一月近く引きずったりしていない。
そこまで考えてからあれ?と思った。

「斎藤さん、何で藤堂さんと仲直りって……。何を知ってるんですか?!」
「さあな」
「斎藤さん!!」

総司は藤堂と理子の話などしていない。後は理子が話したのか、藤堂から聞いたのか、二つに一つしかないだろうが、いつの間に、である。
にやりと口元をゆがめた斎藤は、とにかく今週中だからな、と駄目押しした。

「斎藤さんずるい……」
「阿呆。俺は忙しいんだ。アイツの面倒は見てもアンタの面倒まではみてられないな」

切り捨てるように言いながらも斉藤の口調が柔らかく響いた。

 

– 続く –