薔薇と刃 後編

〜はじめのつぶやき〜
嫉妬深いぞ~。さて、どうするかな。
BGM:氷室京介 JEALOUSYを眠らせて
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俺は寝る、と言われて斎藤の家を後にした総司は、まっすぐに家には帰らずに、歳也の事務所に足を向けた。理子と一緒にいるようになって、こちらにも不義理が多くなった。以前は、頻繁に飲みに歩いていたのに。

「こんにちわー」
「あら、お久しぶりですね」

顔見知りの受付嬢にさえそんなことを言われて、照れくさそうに頭を掻いた。受付嬢が奥の様子をちらっと覗いてから、奥にいる歳也に声をかけたようだ。
頷いてから戻ってくる。

「少しお待ちくださいね。10分したら入っていいそうです」
「すみません。お手数かけます」

いいえ、と微笑んだ彼女に椅子をすすめられて、傍にあるウォーターサーバーの水を飲みながら携帯を手にした。仲直りと言われても、子どもではあるまいし、本気で言い合ってケンカ別れしたわけでもない。

ただ気まずいことと、自分の中の悋気に追いつけないだけで。

「そろそろどうぞ?」

時計を見ていたらしい受付嬢の声に促されて、奥のオフィスのドアへ向かって足を進めた。

「こんにちわ」
「久しぶりだな。その格好、どこか就職でもしたのか?」

普通のサラリーマンのような姿がよほど珍しいのか、歳也がちらりと顔をあげて指摘した。デスクの目の前にある応接セットのソファに腰を下ろすと少しだけジャケットを摘んで見せた。

「スーツもいつものものですし、シャツとネクタイだけでそんなに違いますか?」
「ああ。普段はどうしようもないロクデナシにしかみえん」
「ロクデナシって……」
「それくらい今は情けない顔をしてるって話さ。珍しいな?」

斎藤の打ち合わせの代打をするために会って来たのだというと、歳也は頷いた。斎藤が仕事柄なかなか打ち合わせに行けないということは歳也も知っていた。理子と総司に代打を頼んだらどうだという話をしたのは歳也である。

「飲みに……行きません?」
「俺でいいのか?」

にやりと笑った歳也に総司は頷いた。藤堂の店に行くにしても理子と行くにはバツが悪すぎる。

「もうしばらくかかるぞ?」
「いいですよ。待ってます」

ふっと笑った歳也はそれ以上今は聞かずに仕事に戻った。総司を待たせたまま仕事を終わらせるのも久しぶりだ。そうしてしばらく仕事をしていた歳也はキリがいいところまで進めると顔を上げた。

その姿がまるで、副長の仕事姿のようで、総司は懐かしいものをみるような目で見ていた。その目に歳也が少しだけ微笑んで、立ち上がった。

「行くか?」

そう言われて、二人は連れ立って藤堂の店に向かった。歳也は何を聞いていたわけでもなかったが、二人で飲みに行くのにこんな顔をした総司が一緒というなら当たり前だとばかりに足を向けた。

途中で、総司は何も言わず、店に入ると、カウンターにいた藤堂が二人を迎えた。

「珍しいね。いらっしゃい、二人とも」

藤堂は二つ分のコースターを目の前に置いて二人を案内する。両手を開いて目の前に二人を呼ぶとグラスを用意した。

「よう」
「……どうも」

総司の様子を見ながら藤堂はいつも通り、総司にはビール、歳也には水割りを出した。そこから肴に短冊に切った長芋をキムチで和えたものを小鉢に入れて差しだした。

「お。うまそうなアテだけど、どう見ても小料理屋か、和食屋だろ」
「本当ですね」
「いいじゃない。美味しいんだから」

にやっと笑った藤堂が首を傾けた。そしてカウンターの内側でストレートのグラスを一つを手にした。

「俺もいいでしょ?もちろん総司の奢りで」
「……どうぞ」

いかにも含みがありそうなやりとりに歳也が片眉を上げた。にやにやと意味ありげな視線を向ける藤堂に、総司が視線を外した。

「なんだ?お前ら」
「何もないよ。ね?一橋サン?」
「嫌味が過ぎますよ。藤堂さん」

音を上げた総司がグラスのビールを一息に飲み干してグラスを置いた。
このいたたまれなさをどうにかするならさっさとやってしまった方がいい。歳也が隣の総司に視線をむけ、藤堂が自分のグラスを手にふっと笑った。

「ごめんごめん。何でもないよ。俺がちょっと総司のことをからかいすぎたんだよ」
「藤堂さん」
「ちょっとね、神谷をとっちゃおうかなぁ~なんて意地悪したわけよ」
「なるほど。それで、悋気を起こしたお前は怒り狂っていたってわけか。昔から本当にかわらなんなぁ、お前ら」

総司の目の前に新しいグラスを置いた藤堂が先手を打って詫びを口にしてしまったために、タイミングを失った総司が何かを言いかける前に歳也に遮られた。

昔から、というのは斎藤も同じことを言っていた。総司も藤堂もそんなに同じことをしているかと思うと情けない気もするが、人格が同じなのだから早々簡単に変われはしないのも確かだ。

「もうそう言われたら開き直るしかないですね。そうですよ。藤堂さんに悋気を起こしたんですよ。藤堂さんにだけじゃありません。今は、一緒にいられるようになったからこそ、周りにいる人、皆に嫉妬しますよ」
「総司、それ、ストレートで恥ずかしすぎ」

真顔で開き直った宣言の総司に、歳也と藤堂が苦笑いを浮かべた。
しかし、そこに総司が思いがけない一言を口にした。

「でも、お二人ともそのままでいてくださいね?」
「総司?」
「だって……、理子を何とも思わなくなる日がくるなんて、ないでしょう?それに、二人のことは大好きですから」

悋気を起こさなくなる日がくるなんて、そんなことはあり得ないのだ。総司が理子を愛する限り。

だが、それと同じくらい過去を知っていようと知らなかろうと、歳也のことも藤堂のことも、斎藤のことも。
総司にとっては大事で、それは譲れない。
もし、自分に何かあったときに、理子を託す相手も彼ら以外にない。

そう思うと、悋気を起こすことも含めて自分は理子を想っていくしかない。

 

歳也と藤堂がそれぞれ、照れくさそうな顔をして視線を逸らした。

「俺だって本気だよ。この前言ったように、普通に付き合ってたら不安になったり喧嘩したりするのは当たり前のことだと思ってるよ。でも、俺達の場合 はもうそんなことはたくさん、今までしてきたんだからさ。あとはこれでもかっていうくらい、大事にして可愛がってもまだ足りないくらいなんだよ」
「わかってますよ」

総司と藤堂のやりとりを聞いて、何があったのかも察した歳也は、は、と息を吐いて笑ったように見えた。

「何言ってんだ、お前ら。今さら愛情の確認か?それこそ恥ずかしいだろ」
「歳也さんのピアスに負けないし!あのネイル、まだ落ちてないでしょ」
「はぁ?お前何やったんだ?藤堂」
「神谷の指先にネイル」

何に張り合って、藤堂がそれを言っているのか初めはわからなかったが、総司が耳を示したのをみてやっと納得した。

―― あのピアスか

「何のことだかわからんな」
「歳也さんだって昔と変わんないよ。その素直じゃないところ」
「大人なところ、と言え。馬鹿者」

から、と歳也のグラスの中で氷が鳴った。
誰かの中で、オチのつく話ではない。想いは変わらないだけでなく、どんどん透明になり、純度を増していくのだから。

「斎藤さんに、仲直りしろと言われてきたんですよ、藤堂さん。もっと、藤堂さんが悔しくなるくらい大事にしますから、ずっと変わらないでくださいね?」
「ムカつくから今度こそ絶対獲りに行く!」
「よせよせ。放っといてもどうせお前らは早死にするしな」

「「歳也さん?!」」
「一番長生きするの、俺だし?」

大人だといいながら、一番大人げがなさそうな歳也に総司と藤堂がそろって目を剥いた。
嫉妬も愛しさも、彼らにとってはたったひとつの事に向かっている。

「たまには、男同士で飲む日も必要ってことだよね」

新しいグラスに藤堂が同じ酒を注ぐとカウンターの上に三つ並べた。一つだけ浮かべた氷にはそれぞれ薔薇の花びらがうまい具合に収まっていた。

「きれいでしょ?女の子受けするんだよね」
「赤に黄色にピンクですか」

それぞれのグラスの中の花びらの色に総司がため息をつく。
よく、自分が気が利いて女にもてるだろうとからかわれるが、この二人だってこんなことをするなら同類だろう、と総司は思う。

にこにこと藤堂がグラスをそれぞれはじく。

「そ。愛情と嫉妬と……ね」

黄色の花びらに手を伸ばした総司と、当然のように赤に手を出した歳也。最後に残ったピンクのグラスを手に残りの二つと軽く縁を会わせてから藤堂は、酒を飲むふりで軽く氷にキスした。

彼らにとっては、ありふれた事の一つ……。

 

– 終わり –