明日、空が晴れたら 2 

〜はじめの一言〜
春先の拍手文から久しぶりに番外編として顔を出してみました
BGM:嵐 One love
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「なんだ、相談事ってのは」

それしかないというなら仕方がない。沸かした湯に少し迷ってからかつおぶしの小さなパックをそっくり放り込んで、さらにレトルトのご飯を投入する。
キッチンを理子が握っているようになってから、飛躍的に充実した総司の家と違って、ここには出汁やその手の物はほとんどない。
自炊と言っても簡単なものしか作らない歳也には不要なのだろうが、こういう場合はやはり困る。

ぱらりと塩で味をつけて、柔らかくなるまで火にかけておく。

冷蔵庫にあるものは酒とわずかにバター程度の物しかない。来て早々に、この荒れた有様を見て、男相手に飯の支度をすることなど、あまりないことだ。

「それよりも風邪をひいたなら大人なんですからもう少し何とかなりませんか」
「馬鹿野郎。お前が連絡寄越さなきゃ何とかしてるにきまってるだろ。たまたまだ、たまたま」

確かに、熱が高いだけで咳も鼻水もない。せいぜい食欲が落ちたくらいで大騒ぎするような話ではないのだ。
これで明日も熱が下がらなければ、連絡のつく女手を呼びつけるところだが、ちょうどその手前で総司が連絡を寄越したというわけだ。

「で?」
「食い下がりますねぇ。何も今聞かなくても」
「よく言う。お前の事だからぎりぎりまで相談なんかしたくなかったんだろうが」

流石に性格もよく把握されているだけのことはある。肩を竦めて吹き零れる寸前の鍋の火を止めると、洗ったばかりのカフェボウルをどんぶり代わりの代用として粥をよそった。
茶を飲まない歳也のところにはコーヒーしかない。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルと共にテーブルへと運ぶ。

「これで貸し借りチャラにしてくださいね?」
「話によるな」

湯気の立っている粥を前にスプーンまで差し出されると、のっそりと頭を上げた歳也は先にボトルの水を飲み下した。
どう見ても火傷しそうなくらいの粥に息を吹きかけて冷ましながら、手を伸ばす。腹は空いていたのだが、自分で何かをする気力がなかったのだ。

本当に偶然とはいえ、総司がこんな時に連絡を寄越したのはいいタイミングだった。

「あちっ」
「まあ……、見ての通りですから」
「うるせ」

勝手知ったる家だけに冷蔵庫から缶ビールを持ってくる。
かしっと小気味いい音をさせて開けると、溢れてきた泡をすすった。

「実は、春先の花見、結局いけなかったじゃないですか」
「あ?……ああ」

歳也もキャンセルの原因の一人で、急な依頼が入ったと言ってキャンセルしていた。斉藤の場合、代わりのきかない手術だと言われればやむを得ないが、続いて歳也もキャンセルしてきたときには理子が本当に気落ちしていたのだ。
そう言えばあの時も、仕事だから仕方がないことは十分に理解していたので皆には言わなかったが、家に帰ればすっかり拗ねていたことを思い出す。

「わかってるんです!仕事ですから!」

そう言って、頬を膨らませていた理子が何度も調べたガイドブックを本棚に押し込んでいた。その様子を思い出しながら総司は続けた。

「急に、1日でいいから休みを合わせたいと言われまして」
「は?一日くらいそんな大騒ぎすることじゃないだろ?」

いくらなんでも普段から週に1日、や2日の休みが滅多に重ならないということはないはずだという、歳也の反応は至極もっともなことだ。
頷いた総司がビールの缶を持ち上げて意味もなくそのラベルに目を向ける。

「そうですね。ただ、日にちを指定して休みを合わせるとなると多少はね」
「ああ。まあ、そりゃな」
「でしょう?」

自由業に近いからこそ、日にちを合わせた休みはなかなか調整しやすいようで、中途半端に調整が面倒だったりする。
それをわざわざ言いだしたというならふむ、と歳也も頷いて粥を食べ進む。

「平日の1日くらいどうとでもなるんですけど、とにかく出かけたいっていう場所を聞いたんですよ。それが……」

思わず総司が笑ってしまったわけを話すと、笑いはしなかったが、歳也は片眉を上げて呆れた顔を向けた。
少しずつ腹にものが入ればだいぶ人心地ついて来て、最後までぺろりと平らげると、すぐに医者からもらったらしい薬を口に放り込む。
ごくりと水も最後まで飲んでしまうと、お代わりとばかりに総司に空のボトルを差し出した。

歳也の人使いに眉をしかめたが空になったカフェボウルとペットボトルをキッチンに運び、代わりに封の空いてないボトルを持ってくる。

「俺としちゃ、お前らから普通の付き合いらしい痴話事が持ち込まれるようになっただけでもよかったと思うけどな」

暗に、その程度は聞いてやれと言う歳也に困った顔を向けた。かん、とテーブルに置いた缶がいい音をさせる。

「私だって、そのくらいなんとかするつもりですよ。でも、ちょっと笑ってしまったからって、あの人、今はもういいって言って、一切話を聞いてくれないんです」
「なんだ、そりゃ。面倒くせぇな。単に行くっていえばいいだろうが」

その手の付き合いでは面倒の嫌いな歳也にとってはそれで仕舞いになる程度の話でしかない。あっさりと言い切ると、新しく開けたボトルの水を飲む。
ますます渋い顔になった総司が恨めしそうな顔でぼやく。

「言いましたよ。何度も。でも、昔もそうだったじゃないですか。一度、言いだしたら意地になって話を聞かないとか」
「ちょっと待て。お前、昔って一体いつの”昔”の話してんだ」
「どっちだって一緒ですよ、もう。だから困って相談しようと思ったんじゃないですか」

なんとまあ、と一通り話を聞いた歳也は傍に置いてあった仕事用の鞄を離れたところに置いてふらりと立ち上がった。

ちょっと待ってろと言って、手洗いになった歳也が戻ってくると、仕事用のデスクに向かって、引き出しをあれこれかき回している。理子に出会うまでは、歳也が仕事柄回ってくるチケットの類いでよく一緒に出歩いていたものだ。

だが、さすがにその手のチケットはなかったらしい。先程まで半分倒れそうになりながら仕事をしていたリビングのテーブルまで戻ると、手を広げた。

「ない」

何をしているのかと、黙ってみていた総司はがくっと肩を落とした。

「何言ってるんですか。違いますよ」
「あ?俺のところにないかって話じゃないのか?」
「違いますよ!そのくらいいくらでも買いますし……。もう、珍しく真面目に話を聞いてくれて、受け答えも真面目だと思ったのに」

すっかり騙されたと呟いた総司は、やはり歳也が熱のせいで反応がおかしいのだと思った。そうでなければこの手の相談など、話を持ち込んだ瞬間に蹴りだされるくらいしてもおかしくはないと思っていたのだ。
なんだ、違うのか、と呟いた歳也にテーブルに手をついた総司が身を起こした。

「違いますよ。全く。それよりお願いがあるんです」

そういって、一通り話を終えた総司に、薬が効いてきた歳也が大きな欠伸で応えた。

「ん……。わかった。とにかく、同じ話を明日。朝起こしてもう一回だ」
「はぁ?!」
「頼むぞ」

八時な、とぼそぼそ告げると、のっそりと立ち上がって、歳也は奥の寝室へと入ってしまった。残された総司が額に手を当てた。

「……えぇ〜……。明日ですか」

がくっと力尽きた総司は飲み残しの缶ビールを手にすると、ジャケットを持って、歳也の家を出た。

 

– 続く –