船乗りの魂〜総司Ver

〜はじめの一言〜
Verって……・おいおいおい。by自己突っ込み
BGM:Diana Krall Fly Me to the Moon

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物の少ない部屋の中にグランドピアノが置いてある。

一人きりで、総司の部屋は防音処理がされている。夜間だろうが気にせず鍵盤に向かうことができる。
同じ曲を繰り返し弾いていた。

―― Fly Me to the Moon

延々練習だと、繰り返す総司に、何度もどういう曲だと歳也が聞いてきた。だが、総司は笑って答えなかった。
藤堂の店でも空いた時間に弾かせてもらうと、さすがに藤堂が呆れた顔をした。

「それ、神谷に歌わせる気?」

その質問に笑って総司は答えなかった。
彼女に会って、自分がどう感じるのかもわからなかったから。

 

2年半という時間を経て、仕事でN.Y.にいくという総司に、藤堂が噛みついた。

「ちょっと、歳也さんもワシントンに行くって言ってるし、二人とも抜け駆けする気?」
「はぁ?何言ってるんですか。私は仕事ですよ?何の抜け駆けするんですって?」

今は年下の藤堂に、総司が訳がわからないという風情で、聞き返した。カウンターでシルバーを磨いていた藤堂が疑わしそうな眼を向けた。

「本気で言ってる?」
「当り前ですよ。どういうことです?」
「神谷がいまN.Y.にいるからさ」

 

神谷さんが、N.Y..にいる。

総司に衝撃を与えるならこの名前が一番効く。
藤堂は、動きを止めた総司を見て、そう思う。この分では仕事にかこつけて会いに行くつもりだったということはないだろう。

「ごめん。俺の早とちりだったみたいだね」
「沖田さんも行くんですか?その……N.Y.に?」

―― 神谷さんに会いに?

そう聞きたかったのはすぐに藤堂にも分かったらしい。今度はにやっと笑って、手にしていたシルバーを手前に置いた。

「じゃあさ、二人とも、神谷に会わせてあげるから、俺のことも連れてってよ!」
「はぁ?!」
「決まり。俺、案内係と神谷のガードを兼ねて行く。旅費は二人が出してよ」

藤堂がそういうと、あっという間に手配を終えてしまい、なし崩しに総司と歳也は藤堂の旅費を折半して持ってやることになってしまった。
二人が仕事をしている間は、適当にしているから、と言って藤堂は当たり前のように同行した。

 

 

『詩人たちはシンプルなことを表すためにたくさんの言葉を使う
音楽と言葉でいっぱいにして 私は あなたのために歌を書いた
私が何を言いたいのか、わかってほしいから
いずれわかるよ 私の本当の気持ちは

私を月へ連れてって

星々の間で歌わせてあげるよ

木星や火星の春を一緒に見たいんだ
だからなんていうか 手を繋ぎたいんだ
つまりなんていうか キスしたいんだ
私の心を貴女の歌が満たすんだ ずっと、もっと歌って

あなたは僕が求めるすべて 愛するすべてなんだ

だから、本当だってことを言い換えるとね

つまり 愛してる 』

 

口の中で、かすかに同じ曲を口ずさんでいる総司を連れて、神谷がいるというバーに向かって藤堂が歩いて行く。

「女の子に会うにはお花でしょ!」

そう言って、店に入る前に、ストリートの花屋で藤堂が白いバラを買った。あの時、渡せなかった白いバラを総司に渡すと、藤堂がにやっと笑った。

「正々堂々、でも初めの交渉権は総司にあげる」
「交渉権って……」
「だって、もう2晩目だよ?俺達明日、っていうか、朝方には空港行かなくちゃいけないしさ」

自分自身、いまだに神谷さんに会って、何を話そうかも考えられないのに。
そんな総司に追い討ちをかけるように藤堂が言った。

「歳也さんは遅れてくるんだってさ。きっと、総司と神谷が一緒にいるところ、見ていたくないんじゃない?……ねぇ、総司。総司は今、神谷に何を伝えたい?」

 

藤堂にそう言われて、総司は手にしたバラに目をやった。

「そんなの……。決まってますよ」

何を言いたいかなんて。100年以上前からずっと変わらない。

くすっと藤堂が笑って、総司の背中を押した。

「じゃあ、行こうよ。正々堂々ね」

 

藤堂が、セイがいるというバーの入口を入った。あとについて店に入ると、藤堂はカウンターの少し奥の方へ離れて行った。総司は、カウンターに座っている理子を見つけた。

長い髪はそのままで、その横顔に眼を奪われる。

頬にかけて女性らしいラインを描き、あの頃と違って、美しい顔に口紅と、耳元を揺れるピアス。

それでも見誤ることのないくるくると変わる表情に彼女だと心が震える。
バラを持つ手が情けなく震えた。
昔の総司と違って、理子に怪我をさせたくらいには女性関係もそれなりにある総司だが、それでも思春期の若者のように、緊張していた。

ふいに、後ろから肩のあたりに誰かがぶつかった。

「さっさといけよ」

すみません、と言いかけた総司の耳元に歳也がぼそりと言い残して、不機嫌そうに総司を追い越すと藤堂の隣に座った。
本当はもっと遅く来るはずだったのに、見ていられなくて入ってきてしまったのだろう。

―― じゃあ、せいぜい格好だけでもつけさせてもらいますか

 

理子に向けて歩きだした総司は、わざと、理子が背を向けている側から声をかけた。

「隣、いいですか」

 

– 終わり –