船乗りの魂 歳也Ver

〜はじめの一言〜
うぉっと土方さんかい!
BGM:Diana Krall Fly Me to the Moon

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総司の部屋は、ほとんどものがないと言っていい。そこに一番存在感を出してるのがグランドピアノだった。

「何か弾けよ」

歳也が離れたところでグラスを片手に催促する。仕事道具で打鍵の具合を調整していた総司は、部屋の入口に立っている暴君のような相手にぴっと指を向けた。

「こんな時間に人の家に押しかけて図々しいですよ?しかもそれ、私の秘蔵ですから」
「元は俺がお前に回した貰い物だろう?それに稼いでるくせにせこいぞ。酒の1本くらいでケチケチするなよ」

歳也が手にしているグラスには、総司の家にある中で歳也が飲む数少ない酒が入っている。文句を言い合いながらも実は、総司の家で飲むために歳也がわざわざ持ちこんだ酒であり、秘蔵といいながらも総司はほとんど飲んでいない。

2年の時間は二人の間を、グラスの中の酒と同じように染め変えていた。

理子が去って、すぐは意識していないと、お互いがその存在を消してしまいたくなる日々が続いていた。表面上は平然として、何事もなかったように演じながら、お互いが、心の中で自分を、そして相手を責めていた。

言葉にできない深い後悔と闇とに蝕まれて、忘れるために仕事に没頭した。自分を極限まで追い込んで、それでも無茶なことをしても、自分自身をどこかで律してしまう。だから、倒れたりはしない。

 

 

近藤は、二人に会うのを拒んだ。山南と会った近藤は、しばらく研究のためにあちこちを巡るのだと言った。

「山南さん。お話を聞いていると、今の私は二人に会うべきではないね」
「近藤さん!あなたなら二人をどうにかしてくれると思っていたんですよ?」
「本当にそうだろうか?」

藤堂の店で、二人は話し合った。近藤は誰よりも過去を過去として受け入れているように思えた。

「私は、やるべきことをやりつくして死んだんだ。それがたとえ刑に服してのことだとしてもね。思い残すことはほとんどなかったんだよ。でも彼等は違うんだろうな」
「それは……私もそうなのかもしれないけど……」
「だから今二人に私が会っても仕方がないんだよ」

山南が納得できないでいると、藤堂がそこにやってきた。

「俺、少しだけ近藤さんが言うことがわかる気がするよ」
「平助……じゃなくて藤堂君?」
「だからさ、僕なんかもどこかで納得できないまま死んじゃったから、今度こそやりたいことやって楽しんで生きたいって思うんだよ。それと一緒でさ、間違っ たことだったり、悔いを残してることがあったら、それって自分でなんとかしないとどうにもなんないんじゃない?」

困った顔で山南が近藤を見ると、近藤が懐かしい顔でうなずいた。
近藤も、覚えているということは悔いがあって、何かをやり残したはずなのに、今の彼は重ねた歳の分なのか、今は全くそんなことを感じさせはしない。

「だから、今の僕は二人に会うことはないよ。またいつか、10年後くらいなら楽しく酒が飲めるかもしれないね。藤堂君、僕の連絡先はかわらないからまた連絡くれよ」
「わかりました。気をつけて」

 

「いいからなんか弾けよ」
「ギャラ、とりますよ?」

そう言いながら、仕事道具をしまった総司が鍵盤の上に指を乗せた。普段はそんなに弾かない、ジャズのテイストで総司は楽しそうに弾いている。

「そう言えば、歳也さん、この前あの秘書さんから聞きましたよ。またコンパすっぽかしたって」
「うるせえな。女に不自由しねぇんだよ」
「嘘つきだなぁ」

2年前からぴたっと女性関係がご無沙汰になった歳也に、歳也の事務所の秘書といい、周りが色々と世話を焼いて紹介しようとするのだ。だが、歳也はなんだかんだと理由をつけて逃げ回っている。

「嘘じゃねぇよ」
「嘘ですよ」

総司が、弾きながら歳也を見る。ついっと歳也は視線を外した。

―― お前が言うな

言いかけた言葉を飲み込むと、それを見た総司が笑った。拗ねたような顔をした歳也は、そっぽを向いた。
どうしても捨てられない想いでも、こいつが動かなければ、俺も動くことはできない。

歳也はそう考えていた。昔よりは縮まったとはいえ、年下のこの男はまだ自分と一緒にいる。

「……――だからな」

ぼそぼそと歳也がつぶやいた言葉を聞き取り損ねて、総司は手を止めた。

「ごめんなさい、なんですって?」
「だから、その、あれだ、藤堂が言ってただろ」
「はい?」

照れくさいのか、はっきりと口にしない歳也に総司は首を傾げて、わざと聞き返す。

「だからっ!!」
「あっはっは、はいはい。正々堂々とね」
「……・てめぇ……」
「だって、交渉件は私が一番ですからね」

 

―― よく言うぜ

これを練習だと言って、何度も総司は弾いていた。きっと、神谷のためだろう。歌詞は、事務所にいる秘書が、かけていたCDを気に入って調べてくれた。

男三人が馬鹿面下げて、わざわざN.Y.くんだりまで行くのかと思うと、歳也でさえ笑いそうになる。

 

久しぶりに会うアイツは笑っているだろうか。

 

昔、あんなにコロコロと表情を変えて屈託なく笑っていたのに、今生で会った神谷は、冷たい笑みを浮かべていたことを、歳也はまだ忘れてはいない。

いつか、本当に、あの頃のような笑顔を見せてくれるだろうか。
それが見られれば、自分はそれでいい。

―― これじゃあ、まるで斎藤みたいだな

 

早々に兄という立場を確保して、戦線からは退いた男が脳裏に浮かぶ。
きっと、今の理子が本当に心から笑えるようになったら、どれほどきれいだろう。

そう思えば、こんな子供じみた約束も何でもない。そう思えた。

「正々堂々か」

そうつぶやくと、歳也は少ない荷物をまとめ始めた。

 

心は、早くも空の上に。

 

– 終わり –