逢魔が時 12

〜はじめの一言〜
終わりそうで終わりませんね。起承転結へたくそ〜。でも現実ってそういうもんだよね?(汗
BGM:V.A. coro di dea 女神達の歌
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斎藤が理子を抱き寄せたことで、総司がむっとして斎藤に近寄ったが、途中で顔色が変わった。声を上げようとするのを、斎藤が片腕で思いきり胸倉をつかんだ。

「騒ぐんじゃない!わかってるのか!おい、藤堂!車を回してくれ」
「どしたの?……神谷?!」

バックで隠すようにしているのを、斎藤が動かないように押さえながら自分の体に引き寄せている。その足もとに、赤いものが見えた。ナイフが抜けないようにしているが、パタパタっと赤い血が落ちる。

「大丈、夫です。藤堂、さん」

理子は女が持っていたナイフを、総司を刺すことがないよう、自分に向けさせたのだ。そのナイフが脇腹に刺さっている。

「か、神谷さん!貴女なんてことを……」
「騒ぐなと言っている!誰のために騒ぎにならないようにしていると思っているんだ!」

その間にも血の量は増えて、さすがに普通に運ぶのは無理だと思われた。
車を回せと言われた藤堂も、その様子を見て、駐車場に向かわずに携帯で救急車を呼んだ。

「斎藤さん、だめだよ。救急車呼ぶからね!」
「分かった。俺の病院に運んでもらう」

自分の腰のポケットから携帯を取り出すと、斉藤は自分で病院の医局に連絡を取った。状況と緊急手術の待機の指示を出す。
総司の隣にいたはずの歳也はいつの間にか姿を消していたと思ったら、ホールの関係者らしき人物を連れて戻ってきた。手にはペーパータオルのパックを持って いて、そのまま何も言わず斎藤に渡した。関係者には、自分の名刺を渡して対応は自分がするので連絡は自分にしてほしいと説明している。

何もできずに、総司はその場に屈みこんだ。手にしていた白いバラが床の上に落ちて赤く染まった。

救急車の到着で、斉藤は救急隊員とともに処置を開始していた。総司は同行すると言って聞かなかったが、救急車にそんなに何人も乗るわけにはいかない。

「二人とも電車できたんだったら、俺の車で行こうよ」

藤堂の申し出によって、総司と歳也は藤堂の車で救急車のあとを追った。

「ああ・・・本当に。土方さんの言う通りでした」

自分の顔を覆って相当混乱しているのか、歳也を土方と呼んでいる。歳也自身もそれを教える気にもなれない。
自分達は相変わらずだと思うと腹が立って仕方がないのだ。
総司はこうして動揺が表にでているし、自分は動揺を表に出すほど未熟ではないが、せいぜいできることはこの件を表ざたにしないようにするくらいが関の山だ。
まったく、男どものほうがよほど腹が座ってないことまで昔と一緒とは情けなくもなる。

「ちょっとは反省しなよね!!俺は今は神谷と同い年だけど、昔より全然大人になったと自分でも思うよ、まったく」

程なく救急車のサイレンに追いつきそうな勢いの藤堂に叱りつけられる。まったくだ、と歳也はつぶやいた。隣で混乱している男には、今は何を言っても聞かないだろう。
早く病院に着けばいい、とそのことだけを思った。

 

 

当然のことだが、救急車が着く場所と一般車が入れる場所は違う。病院の駐車場に車を止めると、急患の窓口へ急ぐ。

「今救急車で運ばれてきた人の知り合いなんです!」

この病院にも神谷の連れとしてきたことがある藤堂が、窓口の女性に確認し、手術室の前へ急いだ。医師である斉藤の知人でもあり、運ばれたのが理子でもあったので、看護婦の女性が簡単に説明してくれた。

「怪我をされた場所は脇腹です。幸いなことに、臓器に致命的な傷もなさそうなので、命に別状はないと思います」
「よかった〜……」
「後は、手術が終わられましたら、斉藤先生から伺ってくださいね」

 

手術室の前で待つ間に、藤堂から懇々と説教されているのは総司である。昔は同年だったはずだが、今は藤堂のほうが年下である。にもかかわらず、もともとの性格もあるのだろうが、何と向き合うかによってこんなにも違うのかと思い知らされる。

「総司はさぁ、昔の道場にいたあの子のときもそうだし、神谷のときもそうだったけど、苦手なことから逃げちゃうよね。それが近藤さんや土方さん絡み のときは、男同士だと思うからなのかもしれないけど、まったく平気じゃない?そういうのって、都合よく逃げてることの言い訳だよね。男だからとか理由にな んないんだよ?!こんなんじゃさ」

もっともだなぁと、頷きそうになる。サエの時はガキだったから仕方がないにしても、こいつの極端さは治らないなと思う。
腕組みして聞いていた歳也にも、容赦なく藤堂の言葉は向けられる。

「土方さんだって、総司のこと笑えないからね!昔は鬼だのなんのって憎まれ役かっていれば不安とか自分の感情にも無頓着でいられたかもしれないけどさ!周りで見てればバレバレなんだよ?もう少し周りを信じなよ。大人なんだから甘え方くらい覚えなよね!」

「「……はい」」

まったくもって面目ない二人である。俺もかよ、とつぶやく歳也に当たり前だと藤堂が続ける。心配している上に叱りつけられた二人が肩を落としているのをみて、少しだけ藤堂が口調を和らげた。

「二人はさあ。昔、神谷のことが好きだったんでしょ?斉藤さんもそうだし、俺も神谷は大好きだったよ。でもさ、斉藤さんも俺も、今の俺達、今は神谷のことを女としてみてるわけじゃないんだよね。そりゃ、いつどうなるかわかんないけどさ」

最後だけ、ちょっとふざけた口調になる。でも、この男達にわかってほしいのだ。

どれだけ涙を流して自分の痛みを受け入れて、今の神谷があるのか。それを自分が伝えるべきではないにしても。

「まだ、二人は思い出して間もなかったり、神谷に再会して間もないから仕方ないと思うけどさ。もう少し……なんていうか、神谷をわかってあげてよ」

そういうと、藤堂はそのまま待合の椅子に座り込んだ。

 

しばらくして、手術中のランプが消えると、中から理子がストレッチャーで運び出され、医師や看護婦達が出てきた。その中から、斉藤が歩み寄ってきて、手にはナイフが乗せられたトレーがある。
ぐいっとそれを総司に突きつけた。

「俺は医者だから、必要であれば警察にも通報しなければならん。だが、神谷が“自分で”持っていたナイフを転んで落とした際に、刺さったと言い張る間はそれを聞く」

だから、そのナイフをどうするかは任せるというのだ。受け取ろうとして総司が手を伸ばしたところから、すっとトレーを歳也に向けて渡した。
え?と思った瞬間、思い切りよく、斉藤が総司を殴り飛ばした。

さすがに今生では人を真剣に殴ることなんて、そうあるものではない。殴った自分の手の衝撃に、思わず手をさすりながら、斎藤は何も言わず戻って行こうとする。

「ちょ、斉藤さん!神谷はどうなのさ!」
「あのくらいなら2週間もすれば退院だ。麻酔ももうすぐ覚める」

藤堂にだけは、痛む手とは反対の手で、理子が運ばれた病室のほうを指して今度こそ、着替えのある部屋のほうへ向っていった。

 

斉藤の言葉通り、盲腸並みの様子で理子は半身を起こすことができるようになり、やがて退院も明日となっていた。
怪我の原因は、小さなペーパーナイフのようなものだ。当然ながら普通の女性が入手するようなものは、その程度である。
昔のように、刀ではないのだから。

あの後、警察がやってきたが、自分で誤って刺したのだと言い通し、たまたまペーパーナイフを持っていたことだけが厳重注意の対象になって、それでお終いになった。血の多さは結局かすめた際に傷つけた外側の方が出血したことによるものらしい。

「どうだ?調子は」

斉藤の計らいで個室にいる理子のところへ、担当医でもある斉藤が現れた。回診の時間ではなく、今は休憩時間である。

「頼まれたとおりにしてきたぞ。あとは俺のところに置いてある」
「ありがとうございます。ご迷惑おかけして……」
「馬鹿を言うな。俺はお前の兄だ。死ぬまで面倒なんか見てやるに決まってる」

どこか自慢げにいう斉藤に、理子が声を立てて笑い、身をよじった際に走った痛みに泣き笑いの顔になった。枕元のリモコンを操ると、上半身の辺りが引き上げられて、楽に寄りかかったまま身を起こすことができた。ベッドサイドに座る斎藤と、目線が近くなる。

「それから、あいつに会わなくていいのか?」
「会いません、もう二度と。他の皆さんには会うかもしれないけど」

さっぱりとした顔で言いきる。
あれから、見舞いに来た近藤や山南にさえ会わなかった。原田は、元々海外を飛び歩いている。心配するメールだけが届けられ、それには心配しないでと返事を返しておいた。飛び回ってるくせに、情報だけは早い。きっと藤堂が知らせたのだろう。 誰にも会わないという話を聞いた藤堂は、すぐにメールに切り替えていたから。
歳也と総司を怒っておいたよ、というメールには思わず傷の痛みも忘れて笑ってしまったほどだ。

 

「退院の手続きはもう俺のほうで進めてある。チケットは家のお前の部屋の中、俺は明日は仕事だから送ってはいけないぞ」
「はい。わかりました、兄上。感謝してます」
「出発の予定がずれたが、住むところも何もかも決まった通りなんだろう?大丈夫だとは思うが、しばらくはその傷は痛む。十分に注意しろ」
「はい。落ち着いたら連絡しますね」
「当たり前だ」

淡々とした会話の後に、斉藤が理子を見つめた。
きょとん、とする理子を、ゆっくりと斉藤がその胸に抱き寄せた。

「俺は……昔、お前が好きだった。今なぜ記憶があるのかと、何度も自分に問いかけた。そして思ったんだ。今度こそ、お前がお前らしく幸せに生きるために、力を貸すために在るんだと。そしてそれは俺自身も自分らしく生きるためにあるのだと」

抱きしめられて驚いた理子だが、その腕から伝わる想いにありがとう、と思う。
今は妹だと、何度もいう斉藤の言葉には、今生でも理子を好きだったという想いが隠れている。今の理子をずっと見てきたからこそ、そしてこれからも絆をつなぐ妹だといえるのだ。

「幸せになれ。俺は一生お前の面倒は引き受ける」
「兄上。ありがとうございます……」

その腕をぎゅっとつかみ、理子は涙を堪えた。決して、過去の辛い日々を乗り越えていくのは自分だけではない。輪廻は続くのだ。