夜天光 17

〜はじめのお詫び〜
なんでこの人たちは好き同士なのに、すれ違ってんのかなぁ。
BGM:Celine Dion BECAUSE YOU LOVED ME
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理子のマンションを出た斎藤は、すぐに総司の元へ向かった。今の総司の家は行ったことがない。最寄駅をタクシーの行き先にして、携帯を取り出した。

「沖田さん、俺だ。斎藤だ」
『どうした』
「一橋さんの家を教えてくれ」

すぐに歳也は総司の家を教えた。

『急用か?』
「ああ。一発殴りにな。また連絡する」

通話を切った斎藤は、タクシーの行き先を変更した。マンションのロビーで部屋を呼び出す。返答がない所に中から出てきた者のためにオートロックが開いた。その隙に中に入った斎藤は総司の部屋に向かった。

ドアには鍵がかかっておらず、斎藤は迷わず部屋に踏み込んだ。

ピアノが置かれた部屋の中で、床の上に座り込んでいる姿を目にした斎藤は、なにも言わずにその傍まで行くと、思いきり総司を蹴り飛ばした。

「ごふっ……」

横あいから思いきり蹴り飛ばされた総司はそのまま転がった。

「お前!!」

何も言わず、倒れ込んだ総司の腕を斎藤が掴んだ。
泣きながら飛び出した理子を追うこともできずに、座り込んでいた総司を斎藤は怒鳴りつけた。

「何をやってるんだ、お前は!!」
「ああ……」

引き起こした総司の顔を、今度は平手で張った。深く、沈んでいた総司の意識がようやく戻ってくる。
斎藤は掴んでいた腕を離して、勝手に台所に行くと、冷蔵庫から水のペットボトルを持ってくると1リットル分、総司の頭から躊躇いもなくかけた。

「頭が冷えたか」
「……斎藤さん」
「あんた、何やってる」
「……神谷さんに会ったんですか」
「俺の連れに預けてきた」

斎藤はため息をつくと、総司の目の前にどかっと座り込んだ。頭から冷水をかけられた総司は、濡れた髪を鬱陶しそうにかきあげた。

「一番、傷つけたくない女を傷つけて何やってる」
「……ほんとですね。でも、もうあの人を離したくなかったんです」
「それでこの有様か。自分自身まで傷つけてあいつを守れるつもりか」

総司は、自分の両手を広げて眺めた。

「ああ。そうなのかな」
「自覚がないのか」

斉藤は怒りよりだんだん呆れ始めた。昔は野暮天で今は過去に囚われた大馬鹿では救いようがないではないか。

「そんなに大事だったら何で手放したんだ」
「何ででしょうね。今の私にもわからないですよ。斎藤さんならわかりますか?」

あの時代、あの時、あの状況で。
自分自身にまで嘘をついて、結果、傷つけることしかできなかった。

「そうだな。でも、俺があんたの立場なら強欲だから、嫁にしていたかもしれんな」
「……嘘ばっかり言わないでくださいよ」
「そうでもないさ。だから俺は今は幸せだぞ。お前よりな」

膝を抱えたまま、じっと動かない総司に斉藤は畳み掛けた。

「アンタはどうしたいんだ」
「……どうしたいんでしょうね」

140年も自分に嘘をつき続けてきたからなのか、自分がどうしたいのかも言えないらしい。
呆れを通り越して哀れにさえなってくる。
静かに、斉藤は口を開いた。

「馬鹿だなぁ……。あんたもあいつも、過去に囚われたままでいいのか?また後悔を繰り返してどうする。いいのか?それで」
「いいわけないじゃないですか!私だって、あの人に振り向いてほしいですよ。でも触るなって拒否されたら、もう、二度と会えなくなるかもしれないと思ったら・・・・・・」
「そうか。・・・なんであいつが離れたのか分かってないんだな。アンタ」

理子が一度、姿を消した理由が分かっていないということに、ようやく気がついた斉藤は理子がどうしても最後まで憎みきれずに離れたのか話し始めた。

「あの時、置いていかれるくらいならあいつは死ねといわれたほうがよかったんだろうよ。あんたのいない世界に一人生きて、幸せになれるわけがない。 だが、あんたはあんたなりに考えて、あいつに生きていてほしくて置き去りにしたんだろう。その結果、あいつはあんたも、あんたの手助けをした副長も憎ん だ。憎んで、生まれ変わってもその苦しみを忘れることなど許せなかったんだ」

その思いがどれほど深いのか分からないわけもない。

「それでも、今の神谷は憎みきれなかった。昔の名前で言えば、土方さんも沖田さんも憎みきれなくて、今生で二人を苦しませることができないと思っ た。だから、憎しみを忘れて、思い出だけで生きていくつもりであんたたちから離れた。それだけ大事なんだろうよ。それがどれほど苦しくても、もう苦しみを 繰り返したくなかったんだろうな」
「私は執着も思い出も忘れることなんてできません。もう、あの人を諦めることなんかできないんです。謝って、許されなくてもあの人の傍にいたいんです」

それが正しいことなのか、間違っているのか誰にも判断は下せない。だが、斉藤は少なくとも、過去の時代で間違っているのじゃないかと思ったことを今は感じなかった。
もし、仮に間違っていたとしても、この二人が今より不幸になることはないだろう。

「あんたが今したことははっきり言えば犯罪だ。でも、それもあいつが受け入れられれば忘れてやる。だから思ったようにすればいい。俺はあいつの味方だからな」

ぽつぽつと斉藤と話しているうちに、総司の中で意思が固まっていった。

何度、拒否されても、伝えよう。愛していると。
どれだけ時間がかかろうと、一生許されることがなくても、何度でも謝って、繰り返して、それでも傍にいたいんだと伝えよう。

セイを、理子を。
あれほど傷つけたのだから、自分が傷ついている暇などない。

徐々に、しっかりと目に光が戻り、総司は斉藤を見た。

「斉藤さん。ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはないぞ。あいつが許さなければ即、警察送りにしてやる」

斉藤が本気で言っていることも分かる。その斉藤に向かって総司は笑って見せた。

「じゃあ、必ず、斉藤さんをお兄さんと呼んで見せますよ」
「絶対許すか!」

総司が立ち上がってタオルをとってくると、濡れた頭を拭きながら酒とグラスを持ってきた。

「つきあってくれますよね?」
「……もう一発くらい殴っておくかな」

 

 

– 続く –