心の真ん中へ 2

〜はじめのつぶやき〜
総ちゃんのご家族登場~
BGM:Metis  ずっとそばに
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「お姉さん、いつ頃帰省されるんですか?」
「子供が夏休みに入ったらと言っていたので、7月下旬頃からでしょうかね」
「夏休み中いらっしゃるんですか?」
「……たぶん、二週間くらいかと」

テーブルに肘を突いて総司の顔を覗きこむ理子に事情聴取されているような格好になった総司は、とりあえず聞かれることに答える。
ふう、と息を吐くと、理子の方へ向き直った総司がもう一度繰り返した。

「一度、その間にうちの実家に行きませんか」
「はい。お願いします」

にこっと笑った理子に安心した総司は一気に力が抜けるのを感じた。
だらりと椅子の上で崩れそうになった総司にくすくすと理子が笑う。

「そこまで緊張してたんですか?私相手ですよ?」
「貴女相手だからですよ!」

少しだけくすぐったそうな顔で、理子が笑った。
叶わなかった夢に一歩踏み出す。

 

 

「そういうわけで、一緒に連れていきますから」
「ふうん。ついに総司の本気のお相手に会えるわけね」
「……なにか?」

電話の向こうの姉のからかいに何とも言えない気分でため息をつく。過去がそうだったように、現代でも総司は姉には非常に弱い。姉の美貴は、面倒見も良く優しくて姉御肌な性質で、よく総司の面倒を見ていた。今でも至極、姉弟中はいい。

総司がピアノを始めたのもかつて、姉が通っていたピアノ教室に総司もついていき、一緒に習い始めたのがきっかけなのだ。
早くに結婚した美貴は、ずっと総司の事は心配で心配で仕方がなかったらしい。

「だって、総ちゃん、本当にどうするんだろう、いつか刺されるんじゃないかってずっと心配だったのよ」

ぐっと総司は言葉に詰まった。昔は、全く頓着していなかったために、聞かれれば平気であれこれと話していた。付き合ってはいないが、身近に女性が何人かいることも話している。
だが、今はとても口が堅かった。まさか、本当に刺されかけたことがあります、とか、それを庇って代わりに刺された女性が相手です、なんてとても言えるものではない。

「確かに、私はろくでもない男でしたよ。ええ。今は本当に反省してますってば」
「それで済むと思ってるの?彼女はそれ、知ってるの?後になってから泣かせるようなことしたら許さないわよ?」
「……スミマセン」
「まったく。あたしやお母さんはいいけど……、問題は父さんだと思うわよ」
「あの人が今さら何を?」

最後になって、美貴は心底心配そうな声を出していた。昔から総司と父との仲があまりよくないことは、年を重ねても進歩がない。
中学の教師だった父は、頑固で融通が利かない。昔から子供たちの話も、筋が通っていなければ待ったく耳を貸さない人だった。

総司は、父の顔を思い浮かべると、軽く頭を振った。ソリが合わないのは昔から変わらない。今さら何を、である。離れているからこそ、しこりもわだかまりも薄れているだけで、長年積み重なったものは容易ではない。

「わからないけど、とにかく難しいかもしれないわ」
「わかりました。とにかく、姉さんがいるときに行くことには変わりありませんから」

近くなったらまた連絡すると言って総司は電話を切った。携帯のバッテリーが温かくなって、二つ折りをテーブルの上に放り出す。

姉の言葉によって、総司は急に不安を覚えた。斎藤のように、堅気の仕事でもない二人だけに、華美な式ではなくても、理子と式だけは上げたいと思っていた。前世では着せてやれなかった花嫁衣装を着せてやりたいと思う。

まさか、女性の親ならば相手によって反対をすることもわからなくはないが、男の自分が連れていく女性に反対するだろうか。

―― そんなことになったら、あの人が間違いなく気にしそうだから何事もないといいんですけど

時計を見て次の仕事の時間を思い出した総司は、出かける支度を始めた。

 

「美貴が今年は夏休みが早いらしいですよ」
「む」

趣味の本に没頭している総司の父、昌信は低く相槌を打つ。母、美津は昌信が見ていないにも関わらず、曖昧に笑みを浮かべる。

昌信が、総司の事を良く思っていなことは随分前からの事だった。
美貴についてピアノを始めて、昌信がやらせたがった何もかもを嫌がってやめてしまった。高校に入ってからも、チャラチャラしていたかと思うと音大に行きたいなどといい、反対したところ、なんとか工学系を選択して大学院まで出たのに、ふらふらとして調律師などになった。

大学のあたりから総司とは全く会話らしい会話もしていない。美貴から周りの女性達が放っておかないらしいことを聞くのも不愉快で、ますます会話が減った。家には何度か女性を連れてきたことがあるが、そのたびにまともな挨拶一つしたことはない。

昌信の目の前に、美津が茶を入れて差し出した。本からは目を離さずに、昌信が手を伸ばす。

「ねぇ。お父さん」
「ん」
「今度は本当にあの子、真剣にお付き合いしているみたいですよ」
「……」

そんなはずはない。総司に限って、そんな風に急に変わることなどあり得ないし、あの頑固者が急に女性相手に真剣になるなんて想像もつかない。一度、だらけたものは変わるわけがないと思う。

聞く耳を持たない昌信に美津は繰り返した。

「今度はちゃんと会って話を聞いてあげてくださいね」
「……話などない。あいつが反省して頭を下げてきたらだ」
「反省って何を反省するんですか。あの子にだってやりたいことがあっただけじゃありませんか。もういい年なんですよ?」
「いい年だろうが、なんだろうが、ふらふらして定職らしい定職にもつけない男が所帯を持つことなど許さん」
「お父さん……。総司のお仕事は、会社勤めとは違っていてもれっきとしたお仕事ですよ。あなたがそんな風におっしゃるからますます総司だって、家に寄り付かなくなるんじゃないですか」
「そんなことを言い訳にして、自分の親の顔も見に来ないような男が一人前の大人だとは到底思えん」

ぱたんと、手にしていた本を閉じると昌信は自分の部屋へと引き上げていく。
そろって頑固で譲らないところがまさに親子だというのに、正面からぶつかり合うことを避けているところまで一緒だ。

「困ったわねぇ」

美津は、美貴から相手の事を少しは聞いていた。歌い手らしく、これがまだ普通の会社勤めの娘さんであれば昌信の態度も少しはほぐれたかもしれないが、二人揃って似たような仕事ではますますハードルは高くなる一方だ。

昔から美津や美貴には総司は優しくて、甘えっ子で素直な顔を見せている。今も、昌信が知らないだけで、美貴や美貴の子供にも忘れずに毎年クリスマスを送っていたし、誕生日や母の日には必ず花が届く。

そんな総司が本当に大事な女性を連れて帰ると言っているのだから、なんとかしたいところだが、頑固な親子だけに手を焼いてしまうのだ。

美津は美貴の携帯へと受話器を取りあげた。

「もしもし?お母さん、どうだった?」
「美貴?一応、話したんだけど、やっぱり駄目ねぇ」
「そう。困ったわねぇ。今回は総ちゃんも本当に真剣みたいよ?」

電話口で交わす言葉は、互いに心配と不安に満ちている。仮に、百歩譲ってあの親子が揉めるのは仕方がないとして、相手の女性を前にして揉めるのは、どんな相手であってもかわいそうだ。

「お母さんが言っても駄目なら仕方ないわよ。後は、行き当たりばったり?しかないんじゃない?」
「そうねぇ。そうなると総司も本当に譲らなくなるから……」
「そうだけど、もう言っても仕方ないじゃない。月末には行くから、そのあたりで日を調整しましょ?総ちゃんは、泊まらないわよねぇ?」
「都内だもの。すぐ帰るでしょ。ましてお父さんと喧嘩したら、お茶も飲まずに出ていっちゃうわ」

ため息を電話越しについていても仕方がない。子供が休みに入ったらすぐに向かうという美貴にわかったと告げて、電話を切った。 気がもめることだけは確実になった夏休みに、美津はため息をつく。

総司がすることを子供の幸せと、素直に思えない昌信には他に理由があるのだろうか。
ふとそんなことを考えた美津は、昌信の部屋の方へと視線を向けた。

 

– 続く –