心の真ん中へ 4

〜はじめのつぶやき〜
業種による偏見は、あくまで一橋父のものですので、お気に障った方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。
BGM:DREAM COME TRUE  決戦は金曜日
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前日に、散々悩んで買って来た菓子を手にして理子は総司と共に家を出た。
着る服も悩んで、そこまで気にしなくてもいいと言われたものの、やっぱり礼儀だろうときちんと見える服を選んだ。

「ここからだと意外と電車でもかかるんですよね」

頷きながら、口数が少なくなる理子に仕方ないと肩を軽く引き寄せた。いくら緊張しないでといっても、総司自身も斎藤に会うとしたら、普段会っていてもきっと緊張する。

「駅から近いんですか?」
「そんないい場所に住んでませんよ。普段はバスですね。今日はタクシーで行きましょう」

最寄り駅まで着くと、タクシーに乗って指示を出した総司が携帯を手にした。あまり早い時間についても失礼にあたるだろうと理子が言って、昼が過ぎてから到着するようにした二人は、総司の姉一家が着いて落ち着いた頃を目指していた。

住宅地の中を走って、止まったタクシーから二人は降りると一橋の表札の前に立つ。
理子を連れて家に向かった総司は、チャイムを鳴らしてから玄関を開けた。何やら奥の方で慌てたやりとりが交わされていたらしく、慌てて女性が走り出てきた。

「あっ。総ちゃん?!」
「どうしました?なんかばたばたしてるみたいですけど」
「ううん。こちらが神谷さんかな。こんにちわ」

慌ただしくも理子を見た美貴が申し訳なさそうに軽く頭を下げた。総司と三つ違いという美貴が、困った顔をして総司を留めるように手を伸ばす。

「ちょっといい?総ちゃん」

手招きして総司を呼んだ美貴が総司に向かって何かを囁いた。遠慮した理子は玄関のドア間際まで下がって笑顔を張り付けたまま、不安な気持ちを抑えて待つ。

頭一つ分の身長差が玄関の段差にカバーされてちょうど美貴と総司の頭が同じくらいの高さになっており、耳元で何かを囁かれた総司の顔がさっと変わった。

「なんで?」
「いいから、とにかく」
「いいよ。あの人がそうならそれで。母さんと姉さんが会ってくれれば」

急に顔色の変わった総司と困った顔の美貴とのやり取りに、何があったのかと理子が心配していると、総司は理子を手招きした。

「大丈夫ですから。上がってください」
「あ、でも……。ご都合が悪ければまた日を改めても」
「気にしなくていいですよ。姉の美貴です。こちらが神谷理子さん」

一気に機嫌が悪くなったのが伝わってくるが、美貴の前で帰るのなんのというのも失礼な気がして、躊躇していると総司がその手を強引に引っ張った。美貴が気を使って割って入る。

「ちょっと待って、って。総ちゃん。神谷さん、困ってるでしょ。ごめんねぇ。この人意外と気が短いから。姉の美貴です。ちょっとバタバタしててごめんね」

申し訳なさそうに美貴が助け船をだして、理子に手を差し伸べた。足元にスリッパを出されると上がらないわけにはいかなくなる。

「ご迷惑かけてすみません。お邪魔します」
「ほら、総ちゃん。先に行って。神谷さん、気にしないであがって」

機嫌の悪くなった総司を先に行かせて美貴が理子を導いた。
先に立ってリビングに入った総司の後に続いた理子が緊張しながら頭を下げる。

「初めまして。お邪魔いたします」
「きて。お母さん、神谷理子さん」

初めて顔を合わせた総司の母、美津は思った以上に若々しく、どことなく面影が美貴に重なる。
その美津に理子は土産を差し出した。

「少しばかりですが、これ……」
「ありがとう。いつも総司がお世話になってます。母の美津です。どうぞ座って?」

語尾が僅かに上がるくせが、一橋家の特徴らしい。美津も美貴も同じ話し方をしている。

先にリビングに入った総司はソファに腰掛けて、膝の上で両手を組んだ。テーブルに置かれた大きめの茶封筒が総司の苛々の原因らしく、総司の隣に理子が座ると総司はその茶封筒をテーブルの端へと押しやった。

美貴がアイスコーヒーを入れてくると、美津は奥の部屋へ総司の父、昌信を呼びに行ったらしい。奥の部屋で微かに押し問答している様子が伝わってくる。

「ごめんねぇ、神谷さん。総ちゃんが真剣にお付き合いしているって聞いてすごく会ってみたかったのよ?」

理子の緊張と総司の不機嫌に重苦しいリビングの空気をなんとかしようとして、美貴が話かけてくる。

「こちらこそ、ご挨拶に伺うのが遅くなって申し訳ありません」
「全然。今までのこの人からしたら、貴女の事、話にでてくるだけで十分本気なのはわかってたからね?」

本来ならば、照れたり恥じらったりするところだろうが、全く余裕のない理子は何も言えずに顔を伏せるので精一杯だ。理子の様子を微笑ましく見た美貴は、総司に水を向けた。

「で?総ちゃん、今は何を言われても我慢よ。神谷さんが可哀そうでしょ。父さんとやり合うなら……」
「私がやり合うつもりがなくてもこれは流石にないでしょう」

ちょうど、ぴんと指先で茶封筒を総司が弾いたところに、美津が昌信を伴って現れた。静かに深呼吸して立ち上がった理子は頭を下げた。

「初めまして。お邪魔しております。神谷理子と申します」

頭を下げた理子の前を素通りした昌信は、総司の向かいへと腰を下ろした。挨拶を無視された理子に美津がぽん、と肩をたたいて、座るようにを苦笑いを浮かべながら手で示した。
曖昧に頷いた理子が再び総司の隣に腰を下ろすと、呼吸を計ったように総司が口を開いた。

「父さん、神谷さんです。紹介すると連絡していたと思いますが」
「私は聞いていない。少なくともお前からは、だ」
「だったら私も、こんなもの聞いていませんよ。少なくともあなたからは」

憮然として総司の顔を見た昌信に総司がわざと同じ口調で言い返した。
こんなもの、という茶封筒に何が入っているのか理子には分からないが、間違いなくそれが原因で総司が怒っていることだけはわかる。
口を挟んだものか躊躇っていると、美貴が代わりに割って入った。

「総ちゃん!初めから喧嘩腰でどうするの?父さんも、大人げないわ。総ちゃんに言いたいことがあるなら今日じゃなくてもっと前にちゃんと話し合うべきじゃない?」

母の美津は黙って部屋の入り口側のスツールに腰をおろして話を聞いている。美貴が仲裁に入っている間は、ひとまず様子を見ることにしたらしい。
この状況でとにかく、総司の父が理子を連れてきたことを快く思ってはいないことだけはわかる。

「事前に連絡も何もない。私はお前から直接、紹介したい人がいるという話さえ聞いていないんだから、私は私でお前のためを思って用意しただけだ」
「話になりませんね。そんなの詭弁じゃありませんか」
「きちんと紹介をしたいなら筋を通さない自分に非があるとは思わないのか」

全く双方共に折り合う気のないやりとりに、呆れた美貴が再び口を開こうとしたところに、昌信は目の前の茶封筒から4ツ切りの写真を取り出した。

「知り合いの教師の娘さんだ。話はついているからこの人と見合いしなさい」
「父さん!」
「それからいつまでも水商売のような仕事をしているな。きちんと仕事ならば会社に入るなりなんなりして、他人から見ても堅気の仕事をしているとわかるような仕事をしろ」

ちり、といくつも総司の怒りに火をつける発言に立ち上がりかけた総司の腕にそっと理子が触れた。はっと、振り返って浮かしかけた腰を下ろした総司に、微かに理子が頷いた。

 

 

– 続く –