心の真ん中へ 7

〜はじめのつぶやき〜
BGM:Metis  梅はさいたか 桜はまだかいな
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総司の背中に手を当てると、振り返った総司の横をすり抜けて昌信の机に茶封筒を置く。

「お父さん。こちらの方は今回は一度お断りしましょう?総司がこう言ってるのに今は無理に会ってもらっても相手の方に失礼なのは確かじゃありませんか」

むう、と封筒を見て黙り込んだ昌信に美津冷静に話しかける。
理子の前では黙って成り行きを見守っていたが、美津も昌信に対して黙ってついていくというタイプではない。主張するところは主張するし、納得がいかなければ折れない。

「……仕方がない。だが、今の相手のことは諦めろ」
「嫌です」
「聞き分けのない。まるで子供だな」
「父さん。仮にも結婚しようと思う相手を親の反対であっさり諦めたらそれこそ情けない男だと思いませんか。父さんだったら間違いなくそう言いますよね?納得できる反対理由を聞くまで何度でも話しに来ます」

昌信には背を向けた総司が美津にだけは声をかける。

「母さん、急な晩御飯で忙しい思いをさせてすみません。じゃあ帰りますから」

気を付けてね、という美津の声に頷きながら総司は家を出た。姉の美貴は子供達を寝かしつけに行って、そのまま眠っているらしかったので、声をかけずに家を出てきた。

外に出ると徐々に気持ちが焦り始めて駅までの道を急ぎ足で向かう。ちょうどホームに入ってきた快速電車に駆け込んで携帯を取り出した。これから帰るとメール送ろうと開いたが、言葉が出てこなくて結局二つ折りの携帯を閉じた。

最寄駅まで到着すると、足早に家を目指した。マンションの入口で鍵を差し込むのもエレベータを待つのも、部屋に近づけば近づくほど気が急いて、最後は軽く駆け足になりながら部屋の前に立つと、鍵を開けてドアを開いた。

「先生?」

大きな音を立てて部屋に戻ってきた総司に、リビングの奥から理子が顔を見せた。いつもと変わらない笑顔で総司を迎えた理子に、総司は思いきり抱きしめた。

「ちょ、ちょっと先生っ、総司さん!」
「ただいま。急いできたから汗臭いでしょう」

謝っているのにぎゅっと理子を抱きしめたまま離そうとしない総司は、理子の中にあの頃と変わらないセイの姿を見た気がした。女子の強さとしなやかさを何度も見せつけられてきたあの頃と同じ。

何度、女子に負けててどうする、と自分に喝をいれただろう。

「先生。ほら、まずはシャワーでも浴びてきてください」
「うん……」

ようやく緩んだ総司の腕に自分の腕を絡めて、洗面所へと連れて行く。新しいタオルを出して背中を押すと、理子はキッチンへと向かった。
頭からシャワーを浴びた総司が出てくると、タイミングを見計らって理子がコーヒーを出してくる。

「はい」
「ありがとう。理子。今日はごめんなさい」
「どうして?」

頭からかぶったタオルに隠れて、正面から理子を見られないでいる総司に、少しだけ頭を下げて覗き込んでくる。にこっと笑った理子に総司は堪らない気持ちになった。

「せっかく家に来てくれたのに嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。つまらないごたごたをみせてしまいましたし、父の態度も……」
「そんなの気にしてないです。それに……先生の違う一面をみちゃった気がします」

ふふっと笑われて、総司が苦笑いになった。帰ってきたときにピアノの前に座っていたらしい理子が平静でいたようには思えないが、それでもこうして笑ってくれる。
わざと拗ねた顔で横を向いてみる。

「恰好悪いですね」
「なんで?そんなことないですよ。私から見たら、先生はやっぱり沖田先生みたいに大人なイメージでしたけど、なんかちょっと近づけた気がします」
「うわ、そんなことないですって。もう昔も今も貴女の方が大人ですよ」
「ふふ。そうですか?それで、なんでお父様と仲悪いんですか?」

確かに、今は理子のほうが大分大人で冷静に思えたが、こうしてストレートに聞いてくるところが昔と変わらない。
さっくりと理子にあしらわれて、だいぶ分が悪いながら正直に言わないのもなんだか違う気がする。しばらくの間、逡巡してしまう総司を理子は辛抱強く待った。

過去にあった出来事の小さな一つ一つに総司と昌信との不仲の元が隠れている可能性がある。
理子の仕事やそれ以外の話とはわけて考えないと混乱してしまう。総司が帰ってくるのを待っている間に考えをまとめていたのだ。

「……どこから話せばいいのか」
「話しやすいところで構いませんよ。言いたくなかったら構いませんし」
「言いたくないっていうか……。みっともないから言いづらいというか……とにかく長いですよ?」

本当に言いづらそうにいう総司の手を握った。

「大丈夫ですよ。私、明日はお休みです」
「私も」
「ふふ、じゃあ、大丈夫」

つないだ手をぎゅっと握ると、理子は立ち上がって総司を立たせた。
理子の微笑に連れられて、総司は寝室へと移動した。総司をベッドへと座らせると、理子は棚からアロマキャンドルを取り出して、火を灯す。

蛍光灯の明かりではなく、アロマキャンドルの揺らめきの中で、総司の隣に並んで壁に寄り掛かる。エアコンの作動音だけが部屋の中に響いていた。

「昔みたいでしょ。ろうそくの揺らぎって好きなんですよね」
「貴女らしい」
「昔は呆れられたけど、今だと感心してくれるんです?」

とん、と総司の肩に寄りかかった。総司が腕を回して理子の肩に手を置いた。

「父は、きっと息子にものすごく理想があったんでしょうね。私はその理想通りにはなれなかった」

ぽつぽつと心の奥底から紐解くように総司が話し始めた。

 

「長男ってやはり違うんですかねぇ?」

そんな呟きから総司は話し始めた。

 

私が生まれるまでは、姉は普通に一人娘として蝶よ花よ、じゃありませんけど、父もよく面倒を見ていたらしいです。
でも、父はどうしても男が欲しかった。跡継ぎっていうような仕事じゃないのに不思議ですよね。

母は、なにがしかのリスクを背負っていたみたいなんですけど、ずいぶん大変な思いをして私を生んでくれたらしいです。
でも、こればっかりは私にはわかりませんからね。母は、冗談交じりに軽く言うくらいですけど、父はそれもあって、長男ということにずいぶんと思うところがあったみたいです。

理子は黙って頷くだけで、ただ総司の話を聞いていた。

– 続く –