心の真ん中へ 8

〜はじめのつぶやき〜
BGM:Ill DIVO Without you
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あまり親戚付き合いに詳しくはないのでわからないんですが、父は親戚一同の中でも本家筋に近いみたいで、余計に長男をきちんと育てないと、って思っていたみたいです。

思い出したくはないのか、総司の話す声がどんどん固く、早口になっていく。

え?何がきちんとなのかって?

それは私にもわかりませんけど、いわゆるステレオタイプな男の子を思い描いていたんでしょうねえ。男子たる者、って感じで3つくらいから柔道や空手の道場に連れていかれたり、小学校の体育館を借りて教えている剣道教室に連れていかれたり、ずいぶんとやらされましたよ。

でも私は、前にも言ったように、その手のものを身に着けるつもりは全くなくて、幼いながらになんでこんな思いをしてやらなくちゃいけないんだろうってずっと思ってたんですよね。

結局、どれもこれも、1年も続かなくて、次々とやらされましたねぇ。

そんなときに、私が興味を持ったのが姉についていったピアノの方で、父はずいぶん心配したみたいです。その、女の子がやりたがるようなものに興味を示した私に。

それもものすごい偏見だと思いません?

私がクラブ活動なんかでも武道系のクラブには近寄りもしなくて、バスケやサッカーなんかだと渋々OKが出ましたけど、音楽系なんて頭ごなしに却下でしたよ。

もうそうなってくると、中学生くらいでしょう?男なんてその年頃はもう反発しか覚えませんからねぇ。

ん―……。あんまりいい話じゃないんですけど、そこそこ女子から声をかけられたりし始めていたんですよね。それで、クラスの女の子たちが家に遊びに来たりするんですけど、それぞれに教師として注意するんですよ。
まだ親としての注意ならわかりますけど、仕事を盾に正論をかざしてくるんで、もう喧嘩になって、大変でしたよ。

あ、手は出しませんよ?もちろん。
だって、父は武道系をほとんどやってましたから、いくら育ちざかりとはいえ、敵うもんじゃありませんよ。

高校じゃあもう、何をどういっても反対されるのはわかってたんで、成績だけはよくしておいて、なんとかバイトと母の協力でピアノだけは続けて。
理工系っていうのも父には不評でしたね。自分と同じ歴史方面に進んでほしかったのかな。まあ、総司なんて名前を付けるくらいだから、夢は見てたんでしょうねぇ。

大学に入ったらもう、父とはほとんど口をきいてないかなぁ。あの人ももう入学時の学費だけであとは自分でなんとかしろって言ってましたし。
そのあとはバイトと学校とで……、家もでましたしかえって平和な時期でしたよ。最後は卒業の時で、教師になってピアノは趣味にしろという父と、仕事の選択まで口を出すのかという私とで散々もめて、それ以来会ったのは数えるくらいかな。

姉の結婚式の時と、姉が帰省してきたときに、なるべく顔を合わさないようにしてても偶然、重なってしまったりして。

なるべく感情を入れないように、客観的に話をしようとしているのはわかったが、それでも当時の複雑な感情と、今日の怒りがまだ収まっていないことが、話の中からも伝わってくる。
総司が苦笑いとともに詫びた。

「ごめんなさい。こんな話、つまらないしみっともないし……。情けないですよ、本当に」

ふと、理子は体を起こして肩に回されていた総司の手をやんわりと解いた。そして、ぎゅっと総司の体に腕を回す。

「どうしました?急に」
「先生……。淋しかったんですね」
「えぇ?なんですよぅ」

おどけた風に返してくる総司に、腕を緩めた理子は揺れる灯りの中で微笑んだ。
意識はしていなくても、総司は今生で父という存在を得て、甘えたかったのかもしれない。不意に理子の頭にそんな考えが浮かんでいた。

「先生はお父様に認めてほしかったんじゃないかと思って。だから、うまくいかないことで、淋しかったから余計にこじれたのかなぁって……違ってたらごめんなさい」

虚を突かれたように総司が黙り込んだ。
まさかという自覚のない思いと、心の奥底にパンドラのごとくまだ残っていた感情があったのかという思いと。

「私も、両親を早くに亡くしてしまったので、これが正解なのかはわかりませんけど、総司さんのお父様も、傷ついて引くに引けなくなったのかもしれませんね。でなきゃ、どこかで諦めてとっくに放り出すっていうのも変ですけど、仕方ないなって思ってくれてそうじゃないですか」
「……ああ。そうかもしれない」

ぽつりと、ようやく総司の口から言葉が漏れると理子は総司の顔を見ないように胸に抱えた。
揺れる灯りにわずかに光るものを見た気がして。

「お二人とも、意地っ張りなんですねぇ」

理子の声が総司の耳元で優しく響いた。

「もしかしたら、お父様は音楽に先生を取られちゃった気がしたのかもしれません。だから、音楽をやっている私なんてもってのほかだって怒られていたんじゃないでしょうか。だとしたら……ううん。やっぱり、ちゃんと確かめたいですね」

無言でただ総司が頷く。キャンドルが残り少なくなったのか、灯りが強くなったかと思うと、唐突に部屋の中が暗くなる。どうやら、芯が溶けた蝋の中に倒れたらしい。
アルミの容器に入っているもので、消えたとしても危険はない。

総司は軽く、体重をかけて自分を抱えている理子の体ごと、ベッドに横になった。理子の体に腕を回して抱きしめながら目を閉じて深く息を吸い込む。

「先生?」
「貴女を傷つけるのは、たとえ誰であっても嫌なんですよねぇ」

悔し紛れなのか、理子の胸に顔をうずめた総司から、どういう思いで口にしたのかは見えるわけではない。
総司の頭に頬を寄せた理子は、子供の様に我儘をいう愛しい人に、ふんわりと微笑んだ。家に帰るまでの荒れた気持ちは全然なくなっていて、今は、総司と昌信を仲直りさせるということが今の目標に思える。

「先生?私、そんなに弱くないですよ。昔よりももっと、先生を守れますよ」

懐かしいセリフを繰り返す理子に、確かにその通りだと総司は目を閉じる。理子の体を抱き込んでいた腕を離して、片手で理子の胸に触れる。

「そうですよね。昔よりも育ってますしね」
「先生!!」

真面目に話しているのに、と総司の頭にごつん、とこぶしを当てた。

その瞬間、昌信の顔が思い浮かんで、あれ?と理子は心の片隅で気になっていたことを思い出す。確かに、総司と昌信は似ているといえば似ているのだが、そうではなく、理子はどこかで昌信の顔を見た気がした。

「何もしませんからこのまま眠らせて……」

疲れたのか、理子に抱えられたまま総司はしばらくすると寝息を立て始めた。手を伸ばして、薄掛けを総司の体に掛けると、暗くなった部屋の中で理子は目を開く。

どこで会った。そんなに前ではなく。

総司の家に行ったときは緊張していたために、はっきりと顔を合わせてはいたが、どんな顔だったか今思うと、どこかあやふやな気もするが、確かに引っかかる。

「……思い出せないけど絶対にどこかで会ってる」

小さく呟いた理子は、なかなか寝付けずに遅くまで記憶の中を彷徨っていた。

 

 

– 続く –