薄明 2

〜はじめのお詫び〜
繰り返しますが、現代編の逢魔の総ちゃんはダークです!!
BGM:ELT きみの て
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ふと建物から出るときに携帯を目にして、そういえばと理子は思いだした。

『今日はちょっと仕事の後で人に会うので遅くなりますよ』

理子の方が先に家を出た時に、総司からそう言われていた。それでも、まさかとも、確かに自分は彼女ではないとも思いながら迷っていると、しばらく遅れて彼女が楽屋口から出てきた。
これ以上、よけいなことに関わりたくなかった理子が隠れると、建物の出入り口の所に総司が現れた。
その姿に嬉しそうな顔で彼女がぴったりと寄り添った。 呆気にとられて理子が見送ると、二人はそのままゆっくりと歩いて行ってしまった。

そこから一人、家に帰った理子は自分の部屋の中で混乱する頭を抱えて、どうしよう、と繰り返し呟いていた。
確かに、想いを確かめて一緒にいたいから一緒に暮らすようになったものの、それも理子が帰国したててで荷物がまだ揃わないからだということで同居することになったはずだ。

それが本当にそれだけのことだったらどうしよう。
確かに想いが通じたと思ったけど、それは総司がからかっているだけだったら?
確かに一度、強引に奪われたものの、それも単に気まぐれだったら?
付き合うとも彼女とも言われたこともない。

伊達に前世で、野暮天女王と皆に囁かれたわけではない。延々と悪い方へ悪い方へと思考が進んでいく。理子が考え疲れた深夜、終電ももう終わった時間に総司が帰ってきた。
理子が眠っていると思ったのか、玄関から自室の方へ静かに歩いて行く総司に、理子が細めに部屋のドアを開けた。

「……おかえりなさい」
「……っと。まだ起きてたんですか?」

リビングの手前で振り返った総司に曖昧に返事をした理子は、たった今総司が歩いた廊下に微かに漂う女性の残り香を感じた。これはブランド物が大好きな彼女がいつも好んでつけている。

「おやすみなさい」

それだけを投げつけるように言うと、すぐにドアを閉めた。

「どうしよう」

ずっと、今生でも前世を引きずって、総司一筋、どちらかといえば恋愛全般に臆病な理子は頭を抱えてしまった。こればかりは、頭でっかち なだけでなかなか実体験なしでは大人になりきれるものではない。まして、理子の5歳上となれば、なかなかいい歳の総司である。そんなことくらいはあるかも しれないと思えば、身動きができなくなる。

ただ、こんな話は誰にでも相談できるわけではない。兄貴分とはいえ、あの時を知っている斎藤や敏也に相談できるわけもなく、結局半月以上も悶々としたものを抱えながら悩んでいたのだ。

聞き終わった藤堂は、呆れるのを通り越して頭を抱えてしまった。

「……なんていうか……その、どこから突っ込んでいいかわかんない、かも」
「呆れてる……よね……?」

―― そりゃ、その野暮天っぷりにはね!!

大声で言いたかったが、そこは過去も今も、大人な藤堂である。ぐっと堪えると何とか飲み込んで、代わりに大人しめな表現を絞り出した。

「その……神谷に関しては、もう記憶が戻ってからずっと総司一筋にいろんなこと考えてきたから仕方がないと思うけど、その、なんていうか、付き合ってるかどうかに関してはさぁ……」

途中まで言いかけたが、さすがになぜそんなに憶病になっているとは聞きにくい。無理矢理話を捻じ曲げると総司の方へ話を向けた。

「その、ピアノの彼女とは、その…あれなわけ?」
「ん……たぶん……。彼女の話だけじゃないし」

彼女の誇張した話というわけではなく、スタッフの中に目撃していた人がいて、その話を彼女に振っていたから間違いはないだろう。

「まあ、その彼女はたまたまってことかもしれないしさ、ってあれ?!さっき今日の相手は知らないって言った?よね」

不意に、先ほどの理子の発言を思い出した藤堂は白い制服のシャツの腕をまくり上げた。とても素面で聞いていられるかと、自分の分の酒を用意する。

自腹で飲むから、と言い置いてからカウンターの中でぐいっとビールをあおる。
その藤堂を見ながら、理子がため息をついて、空になった自分のグラスを差し出した。

「同じのを」

肩をすくめて藤堂は先ほどと同じ酒を作り始める。からからと氷を入れたシェーカーを片手で振りながらそれで?と促した。

「私と一橋さんが二人で出掛けることなんて全然ないんだけど、噂にはなったみたいで…」

知り合いの女性ボーカルから本当に付き合ってるのかと聞かれたのだ。クリスマスイベントや一足早いクリスマスコンサートでこの時期はあ ちこちで仕事がある。理子も総司もそれなりに忙しくて、顔を会わさない日もあるくらいだった。それだけに、あちこちで仕事で一緒になる人も多い。

「な、なんでそんなこと……」
「だって、一橋さんって格好いいけど、女関係はちょっと……ねぇ。色々有名だから」
「そうみたいね」
「仕事っぷりは堪らないくらい格好いいけどねぇ。今日はどうやら女史とお出かけみたいよ?さっき、すごいご機嫌で携帯で話してたもの」

いくつかあるコンサートの中でも一足早めに行われるものの一つ、駅から続いた地下街の広場で行われるものがある。管弦の四重奏とピア ノ、そしてボーカルという構成だ。女史というのはその弦楽器担当の女性でソロとしてもデビューしている人だ。はっきりとした物言いで誰にでも遠慮なく突っ かかってくる。

理子が苦手にしている人の一人であり、今回のリハでも思いきり絡んでくる人だった。

「私も、仕事は仕事だって割り切りたいんだけど、相手がそうじゃないんだもの」

確かに、それはわかりそうな気がした。見た目も格好よく、身長も高い。女あしらいはうまい、と、最低限でもそれがそろっていると、このもて具合も納得できそうだ。

「で、今日は総司はその彼女とデートなんだ」
「たぶん、なんだけどね。直接本人に聞いたわけじゃないし」
「本人ってそんなの総司にだって聞けないくせに」

容赦なく追い討ちをかけた藤堂の言葉でがくっと理子はカウンターの上に突っ伏した。その隣にカクテルグラスを置くと、倒さないでよ、と念押しした。

「俺はいいけどさぁ。それ、黙ってていいの?ほんとに」
「うん……斎藤さんや沖田さんじゃ何するか分かんないでしょ」
「まあねぇ」
「あ、ねえ。藤堂さん、23日暇?」

飲食関係で働く者にクリスマス前後の暇などあるわけがない。それは理子も同じはずだった。

「あのね、23日はホテルのラウンジで歌うの。結構遅くまでやってるから藤堂さんこないかなと思って」
「神谷、それって聞きようによっては相当やばいお誘いじゃない?」
「いいの。どうせその日はホテルのご厚意でお部屋使っていいことになってるんだから」
「だ、だから、それがやばいって言ってるんだけど?」

困ったように二杯めのビールに手を出した藤堂は、理子が変な風に対抗心を燃やすことで不安や嫉妬をなかったことにしようとしていることぐらいはすぐわかった。
ただ、この話に乗った場合は後々が非常に面倒かつ、大変なことになるのは目に見えている。

「え~……。俺、そんなの決めらんないって……」
「じゃあいいもん。沖田さん誘う」
「それはもっとまずいってば!!」

歳也であれば、うまいこと言って美味しく頂きそうだから怖い。

「とにかく分かったから変に動いたり聞いたりしちゃだめだよ?」
「わかってますっ!」

半分拗ねて、半分安心したらしい顔で理子が頷いた。ため息をついた藤堂はにこっと笑った理子を眺める。

―― てか、理子を前にしてほかに向ける総司が分かんないよ

黙っている、といったものの明日にでも総司を呼び出して話を聞くつもりになっていた。

 

– 続く –