薄明 3

〜はじめのお詫び〜
お、おまいら何もんだ・・・・みたいな。
BGM:JUDY AND MARY LOLITA A-GO-GO
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藤堂の店で酒を飲んでいるうちに、わざわざ夕食を取る気にもなれなくなって理子は家に帰った。理子が先に家に帰るということはあまり多くはない。
鍵を開けて暗い室内に入ると、自分の部屋に入ってばさりと荷物を放り出した。

思い立って、お風呂に湯を張ると甘い香りのバスキューブを放り込んだ。普段は気を使ってあまり香りのつくようなものは使わないようにしているが、総司のいないときくらいとたまには入れてみた。
ローズ系の香りがバスルームに広がっていて、とっぷりと湯につかるとため息が零れる。

これが普通の恋人同士だったら、こんな風に揺れることもなかったかもしれない。
女として、好きな相手と暮らしていて、抱いてほしいと思わないわけではない。ただ、あの一件もあり、そして自分に自信などない理子にとっては、噂の中だけでなく実際に女性関係で困ったことのない人が相手となれば踏み出しやすくはないのだ。

どこか、おかしくはないだろうか。
スタイルもよくないし。
遊びなれた彼女達のように応えられないし。

そんなことを思えば思うほど、不安と恥ずかしさとが膨らんで、自分の年を考えれば情けなくもなり、自己嫌悪にどっぷりと漬かり込んでしまう。

こんなことなら昔のほうがどれほど楽だったかと思う。昔ならたとえ赤子ができても産む事も育てることも当たり前のようにできたかもしれないが、今はそんなわけには行かない。

仕事は、その先は、と考え出したら本当にきりがない。自分だけが盛り上がっていて総司はそんな風に思っていなかったら、と思うと考えるだけでいっぱいいっぱいになってしまう。

思いを振り払うように湯船から出ると、髪を洗って湯を流した。
バスルームをきれいに片付けて、部屋着に着替えると濡れた髪のまま着替えを持って洗面所を出た。

「きゃっ」
「わっ、ごめんなさい」

洗面を出たところで帰ってきた総司とぶつかりそうになる。冷えた手がぶつからないように肩を支えてくれて、濡れた髪がその手にかかる。

「あ、あ、ごめんなさい。お帰りなさい」
「……ただいま。ちょっと嬉しい出迎えかも」
「……っ」

苦笑いされた手から逃げるように理子は自室に飛び込んだ。

「……ほんとに情けない〜……」

いい年をしてと思っても恥ずかしいのは仕方がない。自分の頬が赤くなっていることを十分に感じながら、とにかく濡れた髪を乾かし始めた。

いいところで逃げられた、と思った総司は、浮かんだ笑みのままリビングを抜けて自室に入る。上着を片付けると、自分も着替えを持ってバスルームに向かった。
出先で当然、シャワーは使ってきたがもう一度、薄っすらと残る移り香を流してしまいたかった。

理子が髪を乾かして、部屋着からラフな服装に着替えると中を覗きながらリビングにそっと入った。人の気配がないことで、ほっとしながらキッチンで冷たい水を飲む。

そこにこちらも濡れた髪をタオルで拭きながら総司が現れた。

「私ももらっていいですか?」
「あ、はい」

グラスを手にするとミネラルウォーターを注いでキッチンの端のカウンターにとん、と置いた。

「今日、藤堂さんのところに行ってきましたよ。しばらく行ってなかったから」
「そういえば私もこのところメールだけですよ。顔出さないとなんか言われそうだな」

クスっと笑いながら総司が応える。微妙な空気が流れて、黙り込んだ理子にグラスを戻した。

「ごめんなさい。少し疲れたので先に休みますね」
「はい。お休みなさい」

いつもならもう少しどうでした、とか話をするのにあっさりと自室に引き上げていった総司を見送って、理子は自分の分と総司の分のグラスを洗った。しん、としたリビングに総司の部屋からテレビらしい音が微かに聞こえている。
なんともいえない思いを噛み締めて自室に戻った。

 

この時期はイベントも多く、理子も総司もほとんど顔を合わせないくらいの日が続いていた。

遅くまで続いてしまった仕事の後に、どうしてもと藤堂から呼び出されていた総司は、藤堂の店に向かった。

「久しぶりですね」

ジャケットを脱いだ総司は、ワイシャツの首元を緩めた。この前理子が座ったのと同じカウンターに座って、久しぶりに会った藤堂に軽く挨拶をする。

「うん。久しぶり。何飲むの?」

どこかそっけない口調で藤堂が答える。訝しげな顔をしながらビールを、と言った。目の前のビールサーバーからグラスに注ぐと、コースターを置いてその上にグラスを置いた。

「よかったら藤堂さんもどうぞ?」
「ありがとう。どう?神谷と一緒に暮らして」
「いきなりそこからですか?幸せですよ」

自分の分のグラスにビールを注ぎながら、藤堂が聞いたことにふわりと笑った総司が答えた。その笑顔に藤堂が一瞬、呆気にとられた。
昔の屯所で笑っていたような、とても幸せそうな笑顔に藤堂の眉間の皺が深くなった。

「なんだよ、その顔……」
「え~、だめですか?」

本当に嬉しそうな顔なので、本気なのかどうか判断がつかない。

―― そういえば総司って昔からこんな風にどんな時でも笑ってたっけ。

ぐいっと半分ほどグラスのビールをのんだ藤堂は、口元についた泡をぐいっと手の甲で拭った。

「じゃあさ。単刀直入に聞くよ?総司、この前デートしてた?神谷じゃない女の子と」
「デート?……まあそう言われれば、デートですかねぇ」
「……どういうこと?場合によっちゃ、俺も怒るよ?」

軽く首を傾げた藤堂に総司がけろりとした顔を向けた。

「うーん、そう言われてもねぇ」
「どーいうこと?!」
「まあ……その、今までも付き合いのあった方達なんですけど。神谷さんと仕事で一緒みたいだったんですよ」

総司の話によれば、理子が苦手にしている彼女達は総司と理子が付き合っていると噂を聞いて、理子に辛く当たり始めた。理子が言わなくてもそのくらいすぐに耳に入る。
だからと言って、彼女達をただやめさせるのは難しい。かえって理子が仕事をしづらくなってはまずい。

「だから、ちょっと、ね」
「ちょっとって……、ちょっとつまみ食いしてどうすんのさ!!」
「平和じゃないですか」
「……しれっというセリフなわけ?それで普通に帰って神谷と一緒にいられるんだ?」

―― そりゃ、まあねぇ

苦笑いを浮かべた総司が困ったようにカウンターの上で指を遊ばせた。

「……だから、っていうのもあるんですけどねぇ」

 

 

– 続く –