ひとすじ 14

〜はじめのつぶやき〜
さあ、そろそろエンディングテーマのご用意を!

BGM:郷ひろみ  2億4千万の瞳
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永倉が床伝に着くと、折り悪く、山崎は不在だったが、すぐにおみのが人相書きを持って屯所へと走った。伝六は、近くに手足として使っている者達へと繋ぎを走らせる。

「永倉先生は屯所にお戻りください。永倉先生がお顔を覚えてはるように、相手はんかて覚えてはるやろ」

手配を終えた伝六に諌められて、渋々、永倉は屯所へと重い足を向けた。今すぐにも三本木まで駆けていって片っ端から店を当たりたいところだが、丹田にぐっと力を入れて違う方向へ行きたがる自分を押さえ込んだ。

屯所に戻ると、一見何事もなかったように穏やかだが、監察を初め幹部は水面下で慌しく動き回っていた。

門をくぐるとすぐに門脇の隊士が寄って来て、監察の部屋へ向かうように伝言を伝えた。出動の下知が下るまでは、平隊士にまでわざわざ知らせることはないということだ。

永倉は大階段を上がると監察の部屋へと足を向けた。

「帰ったか。新八」
「近藤さん、なんだってアンタがこんなところに」

監察の部屋に入ると近藤が目の前に立っていて、入ってきた永倉を振り返った。驚いた永倉に、むっとした顔の近藤が言い返した。

「なんだってことはないだろう。俺だって心配してるし、不逞浪士の取り締まりは元々俺達の仕事でもあるだろう?」
「冗談じゃねぇや。後で俺が副長に怒鳴られるじゃないスか」

近藤が前面に立つことは大将としての場合を除いて、土方が嫌がることの最たるものだ。間違いなく、そんなネタを持ち込みやがって、と怒られると思った永倉に、自信満々な顔で近藤が言った。

「いや、それはないぞ。俺が動くのはここまでとトシとは話がついてる」
「なんすか、それ……」
「こっちでも、斉藤君が動いてくれてわかったんだが、伊庭兵衛という男はなかなかの曲者らしいぞ。顔が広いのは、あちこちの藩の表に出せない裏の仕事を引 き受けることが多いためらしい。人を斬ったり、揉め事、捕り物、とかく騒ぎを起こすことが大好物という、とんだ食わせ者だな」

さもありなん、と思った。永倉と数馬はたまたまその時、兵衛の懐の内にいたため可愛がられたようなものだが、数馬のように、一度不要と思えば躊躇わずに斬り捨ててもなんとも思わないだろう。

「知らせのあった三本木近辺には、もう人をやってある。早ければすぐ足取りがつかめるはずだ」
「すまねぇ……」
「馬鹿を言うな!相手は不逞浪士だぞ。俺達にとっては当然のことだ。変に格好つけようとするんじゃない」

できるならば、一人で兵衛を捕らえて新之助と祐に仇をとらせてやりたかったが、相手の腕を考えると五分というところでしかない。いざとなれば、相打ち覚悟と思っていた。

「やっぱり、あんたにゃ敵わねぇな。相変わらず男振りがいいぜ」
「おう。生まれ変わって女に生まれたら俺に惚れていいぞ」
「今じゃ駄目なのか?」
「お前……、そんなことをしたらトシに殺されるぞ?」

真っ赤な顔で仁王立ちした土方の姿を思い浮かべた二人は同時に吹き出した。

「確かに、女房殿に殺されちまうだろうなぁ。しかし、生まれかわっって俺が女だったら土方さんも女に生まれて睨み聞かせてそうじゃないスか?」

今の土方の顔のままで、遣り手婆のように迫力のある女を思い浮かべた近藤が青ざめて、永倉の肩を掴んだ。

「止めろよ……。お前、想像だけでもものすごく怖いぞ、俺は」
「そりゃ、尻に敷かれる役は近藤さんだもんなぁ」
「新八~!!」

周りで聞いていた監察の隊士達が爆笑すると同時に、怖い想像に耐えられなくなった近藤が逃げ出していった。
その後を追いかけるように 監察の隊士達に、すまねぇ、と声をかけて永倉も後を追うように監察の部屋を出て行った。

副長室では、小刻みに土方が出入りをしていたが、セイと新之助は副長室に篭ったきり、ほとんど部屋から出ていない。
朝餉の後に賄いで山口に会ったセイは、密かに伝えられた総司からの伝言を聞いていた。

『なるべく、副長室から出ないように』

副長室を完全に出なくても、セイは廊下から遠くの監察の部屋を眺めることで、慌しく出入りする人影をみると動きがあることくらいはわかる。ただ、土方自らが出入りしている以上、自分のところに何かを知らせに来る者などなかなかいないだろう。

局長室に、近藤が戻ってきた気配を感じてセイが立ち上がると、局長室側から襖が開いた。

「土方君、すまんがちょっといいかい?神谷君と笠井君はすまないが、茶を入れてきてくれないか」

当然、茶を入れるのに二人はいらない。心得たと、セイがハイ、といって新之助を引き連れて副長室を出て行った。
二人の足音が離れるのを待って、近藤が兵衛についての調べたことを土方へと伝える。

「なんだよ、とんでもねぇ野郎じゃねぇか」

土方が呆れた口調で調べ書をめくる。短時間でもこれまでにわかった限りのろくでもない行状が延々書かれている。斎藤が黒谷方面に掛け合ったところで引き出した情報だ。大藩の多くには不名誉な出来事だけに後々何かあったときのための証拠や依頼した先の情報を押さえてある。

容保と浮之助の力を使って、短時間に裏から情報を引き出した斎藤もスレスレの手口を使って引き出している。しれっとした顔をしているが、本当は熱いのが斎藤である。

ふん、ぱたりと閉じたところで、土方は近藤の顔を見た。

「で?」
「もうすぐだ。どうせなら一網打尽だ」

真顔で見返した近藤の顔が変わる。視線が絡まった先で、土方がにやりと笑った。

「怖ぇな」
「当たり前だ!!うちの隊士二人も巻き込まれれば十分過ぎる」
「じゃあ、今回は一番隊と二番隊を出そう。三番隊は援護に回す」
「俺も出る」

脇差を改めた近藤に、ぎょっとして土方が手にしていた調べ書を取り落とした。

「な、な、アンタが捕り物に出張るつもりか?!」
「当たり前だと言っただろう!わかっているのか?これは仇討ちだぞ」

あっ、と思わず声を上げそうになった土方はぐっと言葉を飲み込んだ。近藤を止める手立てが思いつかなくて、横を向いた土方は、ぎりと唇をかみしめた。

「いつもあんたはそうやって、自分から出てっちまうんだ」
「それはお前という女房役がここで指揮をとってくれてるからさ」
「ふざけんな。総司を張りつかせる」
「仕方ないな」

ぽん、と土方の肩に置かれた大きな手は力強くて、いつもその手の強さに負けるのだと、土方は思う。
そこに、わざと足音をさせたセイと新之助が近づいてきた。苦虫を噛み潰した顔を上げた土方は取り落とした調べ書を拾い上げて近藤の手に戻した。

それが近藤の懐に消えたのとほぼ同時に、副長室の障子が開いた。

「お待たせして申し訳ありません。お茶菓子がちょうどあったものですから」
「おお、これは珍しい。美味そうだな、土方君」

どかっと腰を下ろした土方とにこにこと腰を下ろした近藤の前にセイと新之助が運んできた茶と茶菓子を差し出した。

– 続く –