ひとすじ 3

〜はじめのつぶやき〜
傍目から見た主役のかっぷるぅ

BGM:ケツメイシ   涙
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セイと総司がどこに行ったのかは分からなかったが、賄い所に向かった新之助は茶を入れて副長室へと向かった。
それも、いつもセイがするようにしている事。

「失礼いたします。副長、お茶をお持ちいたしました」

土方の返事を待つよりも先に他よりも三分の一ほど狭い障子を開けて新之助は副長室へ入った。いつもセイがするように、呼吸を計って土方の傍へと茶を差し出すと、ちらりと視線を投げた土方が不意に顔を上げた。

その相手がセイでなかったことに驚いたらしい。

「お前……、そうか。ああ」

頷いた土方は懐に手を差し入れると、しばし間が空いてから急に立ち上がった。上にある小棚の奥から手のひら大の小箱を取り出すと、新之助の顔を見もせずにそちらへと押しやった。

「……副長?」
「あとで、神谷と分けろ」

近藤がよこしたのはねじがねで、土方がよこしたのは上等な落雁であった。ぶっきらぼうに差し出した土方に目を丸くした新之助は、慌てて小箱を押し頂いて頭を下げた。

「ありがとうございます。頂戴いたします」
「あー……ほかの奴らには言うなよ」

照れ臭いのか、ぼそりと言った土方が、片手で追い払うようにすると、新之助は頭を下げたままずるずると後ずさり、部屋を出た。

「お二人とも好い方でしょう?」

廊下に出た新之助の背後からセイが小さく話しかけた。びくっと飛び上がって驚いた新之助の背後にいつの間にか、セイが現れていた。いくらか先程よりも頬を赤くしたセイがまるで自分の事のように自慢げにしている。

「私も入りたてで右も左もわからない頃、お二人にお菓子を頂いたことがあるんです」
「そうでしたか」
「少し休憩にしましょうか。お茶、用意しましたよ」

にこっと笑ったセイは、セイがよく雑用をこなす小部屋へと新之助を誘った。小部屋に向かうと、そこには総司が寛いで茶を飲んでいた。

「笠井さん」

にこにこと目の前を示されるが、どう考えても自分がいては邪魔ではないかと新之助が困っていると、セイが不思議そうな顔で新之助の肩を押して部屋へ入った。

「お茶頂きましょ。沖田先生、お茶入れ直しましょうか?」
「大丈夫ですよ。一休みする時くらい気を遣わなくてもいいですってば」

セイが総司のお茶をと手を伸ばすより先に、総司がセイと新之助の分の茶をさっと入れてしまった。

「あっ、申し訳ありません!沖田先生」

おろおろと新之助が慌てていると、総司はセイと総司の間を示し、新之助を座らせた。新之助は懐から近藤と土方からもらった菓子を取り出して目の前に広げた。

「やった!ねじがねと落雁ですね」

どちらから食べようかと目を輝かせた総司に、セイが懐紙を取り出して両方をその上に乗せて総司の目の前にそっと差し出した。当然のようにそれを受け取った総司と、当然のように動くセイに毎度のことながら新之助は視線のやり場に困って俯きがちになる。

「笠井さん、ご家族はどうされてるんですか?」
「母が一人おりまして、町中に住んでおります」

何気なしに総司が問いかけると、顔を伏せたまま新之助が答える。その様子には全く気がつかないセイが途中から口をはさんだ。

「笠井さんのお母上は笠井さんが隊士になれるように、女子一人というのに幼いころから剣術の道場へ通わせてくださったそうですよ。ね、笠井さん」
「へぇ。お父上は武士だったんですか?」

頷いた新之助は、無意識に懐に忍ばせた守り袋へと手を伸ばした。

「父は、私が幼いころに亡くなりましたので、詳しいことは母からも聞かされておりませんが、私が一人前の武士になることが父の願いだと言われてまいりました。それゆえ、この三年は道場に通い、この身を鍛えて参りました」
「そうですか。じゃあ、お小姓ではつまらないかもしれませんね」
「そんなことはございません!」

顔をあげて総司の方へと向き直った新之助は、懐から手を出して目の前に手をついた。

「まだまだ元服前の若輩者である私のようなものに参加を認めてくださった局長の御心に少しでもお役に立つことが今の私にできることですから!」
「そうですよ!沖田先生、笠井さんはお小姓として副長の役に立って、認めていただいて隊士としても一人前になりたいと精一杯頑張ってるんですから!」

新之助が勢い込んだ姿の脇で、セイが同じように勢い込んだ。その姿が顔形の差はあれど、そっくりな姿に総司が勢いに押されるようにして両手を上げた。

「わ、わかりました。わかりましたから。私は、笠井さんが他の隊士のように各隊に所属したいのかなと思って聞いただけですよ」
「それは!各隊にいても、お小姓だったとしても賄いだったとしても、皆新撰組の隊士であれば同じです!そう思いますよね!笠井さん」
「何も神谷さんがそんなに怒らなくったって……」

セイの剣幕に総司が困惑した顔を浮かべると、そそくさと立ち上がった。
逃げるのかと顔を向けたセイの視線をさけて、新之助へ片手をあげると小部屋を出て行った。

「まったくもう!沖田先生ってば失礼なことを言うんだから。笠井さん、気にすることはないですよ。私も初めの頃は人も少なだったから、小姓どころか雑用から何でもやりましたもん」

ふん、と鼻息も荒く残ったねじがねを口に放り込んだセイは、腰に手をあてて憤然としている。新之助は、自分に肩入れするセイに悲しそうな顔を向けた。
セイは、なぜ新之助が悲しそうな顔になるのかわからずに、総司の物言いに傷ついたのだと勝手に受け取って一生懸命慰めた。

「神谷さんは優しいですね。いつも、こんな未熟な私に心を砕いてくださって」
「そんなことはないですよ!……、私が本当に、笠井さんくらいのときに先生方がよくしてくださった事に比べたら、私なんて」

懐かしそうに目を細めたセイの目には、自分が入隊したての頃のことが浮かんでいるのだろう。ひどく懐かしそうな顔に新之助はますます心が痛くなった。

新之助は、心に決めたことがあってここにいるのに、それをセイに話すわけにはいかない。

「すみません。神谷さん」
「えぇ?どうして笠井さんが謝るんですか?全然気にしなくていいんですよ」

恐縮する新之助に慌てたセイがさらに慰めようとあれこれと話しかけた。

 

– 続く –