ひとすじ 4

〜はじめのつぶやき〜
土方さんは何でも知っているぅ

BGM:B’z    Don’t wanna lie
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「どうだ?」
「さて、まだわかりませんね」

土方の部屋で密かに言葉を交わすのは土方と総司である。
土方は、文机の上に肘をついて考え込んだ。

笠井新之助。

土方の文机の上には、新之助の身上書が置かれていた。
元仙台藩、笠井忠臣の子。母、笠井祐。京都・千本中立売にある三浦道場にて剣術を学ぶ。

主にそのようなことが書かれており、怪しむべき個所などないように思える。しかし、土方の勘には何かが引っ掛かった。

「神谷の例もあるからな。一概におかしいとは言えねぇが、やはり十五の童が新撰組に入るために三年も前から道場に通うか?」
「土方さんの勘は外れませんからね。とはいえ……」

あれ程セイが肩入れしている新之助が、まさかに間者ということもありえないと思いたいところだが、土方の勘に何かが引っ掛かるというならば仕方がない。

もしそうであれば、新之助の処断は総司が受け持つことになるだろうが、それでセイがまた傷つくかと思うとやむをえないとはいえ、気が重いものだ。

「監察方の調べによれば、この元仙台藩というのは当時六十七になるジジイだそうだ。新之助の母、祐はまだ二十六。いくら後妻に入ったとはいえ、明ら かにおかしい。その前の新之助の本当の父親も、出身も未だに探れていない。その前を転々としてやがる。こりゃあ、明らかに経歴を隠すためといえねぇか?」

すでに、新之助の義父だという忠臣は、亡くなっている。新之助の母、祐は忠臣の遺産で一人、京の町で暮らしており、新之助が立派な隊士になることを待っているという。

「でも、本当に新撰組に憧れているのかもしれませんよ?」
「そんときはそん時だ。そのためにお前にさりげなくアイツをあたれと言ったはずだ」
「はいはい。わかってますよ」

総司はすすっと障子を開けて廊下を伺った。先程のやりとりならば、もう少しセイと新之助が戻るには時間がかかるはずだ。

「いいか。もし間者とわかれば躊躇わずに処断しろよ」
「承知」

セイに見つからないように、総司は近藤の部屋の側から出ると、静かに幹部棟から姿を消した。

しばらくぶりに全体稽古にでてみますか、とセイに言われた新之助は真面目な顔で頷いた。

「よろしいのでしょうか?」
「もちろん。全体稽古には私も出ますし」

そう言われて支度をした新之助は、セイに連れられて稽古に参加することにした。当然、新撰組に参加する際には考試を受けており、その時にはキチンと認められていたはずだが、全体稽古への参加は数えるほどしかない。

前髪の隊士は少ないこともあり、セイと新之助は注目を浴びる存在でもあった。セイは、いつもなら一番隊の稽古に参加するところを、新之助に伴って、隅の方で素振りから始めていた。
どの隊にも所属していないことになる二人は、立ち合い稽古が始まると隊を越えて相手を見つけるしかなくなる。

「神谷さん、うちの隊の稽古にまざりますか?」

竹刀を肩に乗せて総司が声をかけてきた。こうした場でも、新之助から見ると総司がセイから意識が離れないのはすぐにわかる。新之助が脇に面を抱えてセイを促した。

「どうぞ、神谷さん。自分はどなたかにお相手していただきますので」
「そんな遠慮なさらずに笠井さんもご一緒にどうぞ」

にこやかな総司に手招きされたが、新之助にとっては素直に応じられるものではない。黒の稽古着に身を包んだ総司はセイとふざけている時のへらりとした姿とは異なり、ぴしりと背筋から漂う雰囲気に気押されそうになる。

「とんでもありません!一番隊の皆さんに混じってなんて……」

確かに、精鋭中の精鋭がそろった一番隊にいきなり混ざるのはセイへの遠慮だけでなく、気後れするのは当然のことだろう。元々、総司のもとにいて、一番隊になったセイはなんとも思っていないかもしれないが、精鋭と誰もが憧れる一番隊の稽古に容易に混ざれるわけがない。

「おう。見習いと神谷。だったらうちでやるか?」
「永倉さん」

隣で稽古をしていた二番隊から永倉が声をかけてきた。 汗の流れる額を手の甲でぐいっと拭い、総司の背後から現れた永倉に、総司が振り向く。
新人隊士の面倒はどの隊でも変わらずに引き受けるものだ。組長のほとんどが撃剣師範のようなものだけによくあることである。

「永倉先生、よろしいんですか?」

セイは、新之助が少しでも稽古しやすいようにと永倉の傍へと駆け寄った。最終的な決定権を向けられた新之助が、真剣な顔で頷いた。

「お願いしてもよろしいでしょうか!永倉先生」
「もちろんだ。悪ぃな、総司」
「かまいませんよ。じゃ」

セイは新之助を伴って永倉の傍へと移動すると、二番隊の隊士達がわらわらと二人を取り囲んだ。

「神谷ー!ひさしぶりだな、一緒にやるの」
「見習い、いつでも気兼ねなくきていいんだぞ」

確かにいつも一番隊、そして斎藤がいる三番隊へ行くことが多いセイだけに、間にあって素通りされることが多い二番隊の面々は久々の事に喜んだ。
呆れた顔を浮かべた永倉が、大声で怒鳴った。

「こら!お前ら、浮かれてんじゃねぇ!!見習い!さっさと支度しろ」

厳しい怒声に、慌てて隊士達が互いに向き合う。セイもその列へと並び、互いに向き合う相手を順繰りと巡り始めた。一巡し終わった頃、新之助は永倉の前に手をついた。

「永倉先生。一手ご指南お願いいたします!」
「よし!」

永倉に向かって竹刀を構えたその姿は、入隊当時のセイとは違い、無外流の道場でまっすぐに育った剣の構えで、それを見た永倉は一度竹刀を引いて、木刀へと変えた。
近藤の元、天然理心流の一派が使う木刀はこん棒という方が正しいほどの太さだが、無外流はどちらかというと細身の木刀をつかう。永倉はそのどちらでもない中程度の木刀を手にしている。

振り上げた永倉の胴へと新之助が燕のように飛び込んだ。

だん。

新之助の一刀が胴を抜ける直前、永倉が振り下ろした木刀の握り手に近いほうが新之助の背中を思い切り打った。

床に打倒された新之助は頭を振って、なんとか体を起こすと這いつくばって頭を下げた。

「ありがとう……ございました」

這いずったまま、こみあげる眩暈に新之助はよろめいた。
やはり、道場での稽古よりも遥かに厳しい。

「大丈夫ですか?笠井さん」
「なかなか見所があるな、見習い!」

楽しそうな永倉の声がして、新之助はなんとか隅の方へとセイの手を借りて這って行った。

 

– 続く –