再会~喜怒哀「楽」 9
〜はじめのつぶやき〜
BGM:Superfly 輝く月のように
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気配を感じたのか、振り返ったセイの頬に宗次郎の手が触れた。
「?!」
「あっ、その、ごみがついてて……。もう取れました!」
「あ、ありがとうございます」
運ばれてきた抹茶と、きれいに彩られた生菓子を惜しそうに切り分けたセイが、小さい一欠けらを口にすると本当に嬉しそうに頬を染めた。
それを見ているだけで嬉しくなる。
「本当においしそうに食べますね」
「はい。だって……」
そういって、もう一口食べた後に、お茶を一口飲んだセイが、また嬉しそうに笑う。
「どうしたんです?」
「一口食べると、甘くて、このきれいなのを食べてるんだって思ったら嬉しくて、それで、お茶をのんだらますます、おいしいなって」
それを聞くと、ぜひとも同じように味わいたくなって、宗次郎は大きく切り分けると口に運んだ。柔らかな感触を舌で押しつぶした後、咀嚼するよりも先に口の中でほどけていく。
そこに、熱い茶を一口飲むとその味が引き立つ。
「うん。おいしいです」
「でしょう?よかった!沖田先生が甘いのをお好きだって聞いてから一度、お連れしたかったんです」
ほんの小さな幸せを宗次郎と一緒に共有したかった。
そういわれて、意識しないはずがみるみる宗次郎の顔に血が上る。それが自分でもわかるだけにますます恥ずかしくなって、顔を伏せる。
「沖田先生?なにか……」
「いいいいえなんでもっ」
あたふたと茶を口にして、ごほっとむせる。大丈夫ですか、と言われて吹き出した手元を拭われるのも恥ずかしくて取り乱してしまう。
―― どうしたっていうんでしょう……
まるでむき出しの感情をさらしているような恥ずかしさにいたたまれなくなる。
「も、もう、そろそろ夕食の時間になりますしね!帰りましょうか!」
「あ?ええ……はい」
いきなり態度の変わった宗次郎に怪訝な顔をしながら、セイは残りの生菓子を急いで口に放り込むと、お茶で流し込む。大好きなものをもう少しゆっくり味わいたかったが、そろそろ帰らねばならないことも確かだけに仕方がないと無理に納得する。
そうして帰る道でセイは少し前を歩く宗次郎の背を見ながら、なんだろうな、と首を傾げた。
白いシャツの背中がまっすぐに伸びて、ちょうどセイの頭の高さと同じ肩の線が少しだけ斜めに傾いている。
どこかでこの背中を見た気がする。ずっと懐かしくて、一度ゆっくりと話してみたかった。どこかで会ったことがありますかと。きっと覚えていないくらい子供の頃に、父の関係で会ったことがあるのかと思っていたのだ。
「沖田先生」
「はい?」
「夕飯のおかず、何がいいですか」
「そうですねぇ……」
宗次郎の柔らかい笑顔が余計にセイの胸に懐かしさを伝えてくる。
夕日を受けながら歩く宗次郎をみて、もう少しだけこの時間が続けばいいのに、と思った。
夜半、随分遅くなってから床に入ったセイは、夢の中で誰かの泣き声を聞いていた。
魂が砕けるんじゃないかと思うほど辛い、聞いていても胸が苦しくなるような嘆き様に、セイはいたたまれなくなってそちらに近づいた。
苦しくて、切なくて、つられて眉に皺がよる。じわじわと喉が痛くなって、涙が浮かぶ。
背を丸めて震えている人影の傍に近づくと、小さな男の子が泣いていた。
「どうしたの?」
「大事な……」
「うん?」
小さな着物姿の男の子が目を真っ赤にして顔を上げる。その頬をそっと撫でたセイは同じ目の高さにしゃがみこんだ。
「だ、大事な……っ、大事な人がいなくなっちゃったの」
「大事な人って、お父さんかお母さん?」
ふるふると首を振って、セイの方へと涙に濡れた手を伸ばす。
「とっても、とっても大事な子だったの」
「あ……。好きな子?」
こくんと頷いた男の子の目からぼろぼろと涙がながれて、真っ赤な目が泣きすぎて腫れぼったくなっていた。
その悲しみようが、ただ、好きな子と離れ離れになったという程度には感じられなくて、セイは腕を伸ばした。たまらなくなって、両腕に男の子を抱きしめる。
「大丈夫!絶対にまた会えるから」
「絶対……?僕が僕じゃなくてもわかるかしら?」
セイには男の子のいうことが、大人になって姿かたちが変わってからでも大丈夫かという風に聞こえた。
「わかるよ!絶対。名前が変わっても、姿かたちが変わっても、絶対にわかるよ」
「本当?」
涙をいっぱいに浮かべた顔がそれでも唇を噛みしめて一生懸命笑おうとしているのがわかって、セイはごつん、と額を寄せた。
「きっと、その子も、僕と一緒にいられなくなってすごく悲しくて、苦しくて、今頃泣いてるかもしれない。だから、その子に泣かないでって言えるように、僕は泣いちゃ駄目」
はっと、そのことに思い当たったのか、一生懸命両手で顔を拭うと真っ赤になった顔でそれでもニコリと笑う。
「泣いてないよ!あの子が泣いてたら、僕が慰めてあげるんだ。だから泣いてないよ!」
「偉いね。そうよ。大好きな子だったんでしょう?きっとその子も、僕のことが大好きで、大好きで、きっと今頃どこかで泣いてる。……泣いて、たくさん泣きすぎて、みんな忘れる前に迎えに行ってあげてね」
自然と口をついて出た言葉にセイ自身も驚く。まるでその相手の子を知っているかのような言葉に自分でも不思議に思ったが、ああ、そうかと思う。
今は夢だから。夢なら、会えるかもしれないと思っていたから。
「だから、必ず、迎えに行ってあげてね」
男の子の笑顔を見ながら、セイは同じ言葉を繰り返した。
– 続く –