霧に浮かぶ影 18

〜はじめのひとこと〜
げほごほしてるだけの人が意外と人気です。

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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「夕べは……、ごほっ、うまくやったようだな」

今は、局長室の布団を片付けて、セイが朝餉を下げに行っている。セイの代わりに、新しい薬湯を煎じている総司は澄まして答えた。

「これでも伊達に、土方さんも神谷さんも長年相手をしてるわけじゃありませんからね」

うやむやのままに一晩が過ぎるように仕組んだのは総司と土方の思惑通りということである。でなければ、出動だの警護だのと大騒ぎしていたはずだ。
煎じた薬湯を湯呑に入れた総司は、土方に差し出した。

「さて、どうします?」
「そうだな……」

寝て起きて、熱もだいぶ下がり、咳もだいぶ減ってきた土方はその目に宿る光もかなり変わってきていた。もちろん、病だろうが、心の持ちようさえしっかりしていれば、土方の思考が鈍るなどということはない。
熱くて苦い薬湯をすすりこんだ土方は、朝餉の後ということもあって大分腹具合もよくなっていた。

「とにかく、出動の……」

口を開いて言いかけた土方の声にどすどすという足音が重なって、総司と土方がそちらに顔を向けると、勢いよく障子が開いて藤堂が現れた。

「おはよ!土方さん。具合どう?」
「おはようございます。藤堂さん、しのぶさんは?」

応じようとした瞬間、喉の奥で咳が引っかかった土方は頷きを返しただけだったが、そのかわりに総司が挨拶を返した。

「おはよ、総司。今、着替えてるとこ。表の姿で帰るっていうんだもん。それより、どうするの?会津公の警護」
「ちょうど、その話をしようとしていたところですよ。まあ落ち着いてください」

眉だけを動かした藤堂は総司の隣に、すとん、と腰を下ろした。彼らの古い仲間内の中で、藤堂が深く考えないことはある程度、皆もわかっている。その性格から原田ほど目立つわけではないが、単純といえば単純、まっすぐなのだ。

「お前、行くか?」

端的な土方の問いに、藤堂はすぐに頷いた。

「だって、俺が最初に持ち込んだ話だしさ。あの子だって心配してるみたいだし、いつもは総司や斉藤さんのところが行くけど、俺が行っていいなら行くよ」
「なら、すぐに支度をして出動の準備をしておけ。……ごほっ、わかったな」

うん、と頷いた藤堂は、部屋を出ようとしてはたと立ち止まった。

「ちょっと待って。なんで俺のところでいいの?」

振り返った藤堂に土方は膝に腕をついて顎を乗せた。
なんだかんだ言っても、彼らは頭は悪くない。本来の性格からして面倒なことを考えるのを嫌う傾向はあっても、何かを察して、動くときには恐ろしく回転が速いのだ。

「出動の準備をしておけっていつも早くっていう土方さんらしくないし。もしかして本気で出動するつもりじゃないの?」
「察しがいいな。おふっ……、だが俺は、出動しねぇなんて言ってねえぞ?」
「どういうこと?」

にやりと笑った土方は、ちらりと総司の顔を見た。

「どうする?総司。俺は今回はどっちでもいいぞ」
「そうですねぇ」
「え?ねぇ。どういうことなの?」

出動をなぜ総司に問いかけるのか藤堂からすればますます疑問だらけになる。
珍しく、譲歩を見せた土方に総司は、土方の言う二通りを思い浮かべた。どちらにせよ、セイも藤堂も思うところの大差は代わりがない気がした。

「そうですねぇ。でもこの際ですから痛い思いはしてもらったほうがいいかもしれないですね」
「そうか。なら、平助。早く出動の支度をしてこい。その陰間の小僧を送りがてら出動するぞ」

全く話が見えなくて、藤堂が隣の総司の顔を見ると、頷いた総司が一番隊も手伝いに出るといい、簡単に身支度を打ち合わせた。隊服に身を包み、ただ、捕縛紐やその類の物は揃えた捕り物の出役という支度でと合意をすると二人揃って立ち上がった。

「じゃあ、土方さん。そういうことで行ってきますね」
「ああ」
「帰ってくるころまでにはそれ、治しておいてくださいね」
「治るわけがっ……、ごほごほごほっ」

いくらなんでもたかが半日やそこいらで風邪が治るわけがないが、こうでも言わないと大人しく休むことも薬を飲むこともしないとわかっているので、駄目押しのように、約束ですよ、と言って部屋を後にした。

朝餉の支度を片付けたセイが幹部棟へ戻ってくる途中で行き会った。

「神谷さん。藤堂さんの隊が警護にでます。一番隊もその手伝いに同行しますからすぐに隊服に着替えて支度をしてください」
「えっ……。警護に、ですか?」

一瞬だけ、藤堂から視線を逸らしたセイが上目づかいに総司の顔を見る。藤堂と同じようにまっすぐで素直ではあるのだが、土方や総司の身近にいるだけにこちらはもう少し目端が利くらしい。

―― 昨夜はうまく寝かせたし、朝もあれだけ嫌味で話をそらしておいたから余計なことを考えないと思ったんですけど

セイも日々、成長しているということだろう。

「何か不満でも?あのしのぶさんもお店に送り届けてあげなければなりませんからね。時間がありませんよ。さぁさぁ!」
「は、はいっ!!ただいま、すぐに!」

慌てて隊部屋のほうへと駆け戻っていくセイの後姿を見ながら、総司は藤堂に隊服に着替えて支度ができたら、しのぶを先に店まで送ってくれるように言った。

「どのみち私達は援護ということですし、しのぶさんをお店に送る間に、いろいろと下見をしておきますよ」
「わかった。じゃあ、後でね」
「ええ」

一番隊の隊部屋のほうが幹部棟に近い。藤堂は一番隊の隊部屋の前で総司と別れると足早に自分の隊部屋へと向かった。一足先に隊部屋にセイが戻っていたために、一番隊の隊部屋は皆、隊服へと着替えているところである。

「沖田先生。先生の隊服もご用意しておきました」

そういって、一揃いを差し出したセイは、総司とは目を合わせないようにしているのが心の中の疑惑を写している。セイなりに、藤堂の事を思っての事なのだろう。
総司は、斉藤とはまた一味違って、歳近い兄弟のような仲の良さを見せるセイと藤堂の事が少しだけうらやましい気がした。

セイと一番近しい者は自分だと思い込んでいたはずが、折に触れてこうして自分以外の者と親しくしている姿を見ると、まるで相手を奪われたかのように悋気を覚えるとは、情けなさすぎる。自分を律するためにも総司は厳しい口調でセイに言った。

「神谷清三郎、余計な考えは捨てていきなさい。こういう時には迷いにつながり、皆を危険にさらしますよ」
「はいっ!申し訳ありません」

そうではないと言い返すことは簡単にできたが、セイは、自分の隊服を抱えると急いで着替えに出て行った。総司には何らかの考えがあって、そし て、その後ろにいるはずの土方にも考えがあるのだろう。自分のような者の気がかりなどきっと気のせいだと思いたい気持ちを抱えて、セイは黒い隊服に身を包 んだ。

 

– 続く –