霧に浮かぶ影 19

〜はじめのひとこと〜
こちらの黒い制服は恰好いいと思いますよ。

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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藤堂がしのぶを連れて、一足先に屯所を出ていくと、すぐに一番隊も間をおかずに屯所を出た。

「なんで後を着いて行くんだろうな?」
「藤堂先生は富士屋まであの陰間を送っていくんだろ?」

ひそひそと囁きながら、巡察のように隊列を組んだ隊士達はつかず離れずを保って、宮川町へと向かう。セイは隣を歩く総司の顔をちらりと 見た。出がけに叱られたばかりなので、無駄な問いかけはひかえているものの、総司が向かう先がどうしても嫌な答えを導き出すようで、気が気ではなかった。

宮川町は屯所から見ると清水寺の方を目指していき、鴨川を渡ったあたりで左手に折れる。川筋を挟んでその賑やかな町に出る手前は、小さな寺が多く立ち並ぶあたりだ。

「神谷さん」
「はい」

声をかけられてぱっと顔をあげたセイは、相変わらずの総司の横顔を見た。

「誰が悪いとか、何をしたからとか、結局は私達には結果しかありませんからね」
「沖田先生……?」

総司が何を言わんとしているのかはわからなかったが、何かを示していることだけはわかる。
目の前の八番隊が松原の先の小さな橋へと差し掛かるところに両脇からばらばらと覆面の男達が現れた。

「先生!」

間を開けている一番隊は包囲される八番隊の様子を見ながら総司の指示を待った。だが、すぐに総司は動かなかった。
右手を差し出して飛び出そうとするセイを押える。

「まだ。様子を見ましょう」

現れた男達の何人かは町人姿の者も混じり、総司達一番隊の姿に気づいたようだったが、そのまま背後から八番隊を取り囲んだ。

「藤堂さん、堪忍!堪忍して!」

男達に包囲されるのと同時に、藤堂の隣を怯えた風で歩いていたしのぶが藤堂の腕を掴んだ。泣きべそをかいたしのぶは、どこから見ても女という姿だったが、 その表情は幼さと、妖艶な女の顔が混ざっていた。

「……そうじゃないといいと思ってたんだ」

全く驚くことなく、腕にすがりついたしのぶの腕を掴む。ひどくさびしそうな表情を浮かべた藤堂は、周りを取り囲む男達には目もくれずにしのぶを見つめた。

「君、僕じゃなかったもんね。初めから」
「……藤堂さん、うち、違う」
「神谷なら、味方にできると思った?」

弱弱しく、首を振るしのぶに藤堂の手は緩まなかった。藤堂から視線を外して、しのぶは周囲に集まってきた男達に助けを求める顔を向ける。

「神谷だったら、親身になって、助けると思った?信じ込んで、会津公の警護に飛び出していくって?」
「違う!違うわ。ただ、話聞いてくれるって思っただけや!」
「だから?!だから、神谷ならどんな目に合わせても、いいと思ったの?!」
「違う、藤堂さん!藤堂さんは、……ええ人やから、申し訳なくていわれんかったんよ」

じわっと涙で潤んだ目を藤堂に向ける。藤堂の頬に両手を差し伸べたかと思ったら、しのぶは逆向きに腕をひねって掴まれていた腕から逃げ出した。
たたっと倒れ込むようにして、藤堂から離れたしのぶは、例の男らしき、背の高い男に駆け寄った。

「あかん!助けて!!」
「阿呆が!ばれよってからに!」
「だって!うち、いつまでもそんな嘘ばかりつかれへん」

男はそれでもしのぶを背に庇いながら刀を抜いた。しのぶが戻るのを待って、男達は得物を手にする。

そうでなければいいと思ったのは、セイのためだったのか、しのぶのためだったのか。

藤堂の眼には、もはやただの敵しか見えていなかった。すらりと刀を抜く。

「不逞浪士はつかまえるのが僕達の仕事なんだよね。京都の治安維持ってさ!!」
「うるさい!!」

問答無用とばかりに踏み込んだ藤堂と、男の刀がぎいん、と音を立てた。周りでも次々に抜刀する隊士達と相手の間で争いが起き始める。

しゅるっと羽織の紐を解いた総司がだっと、駆けだした。数歩目で一瞬振り返った総司が声を上げた。

「行きますよ!」
「はいっ!」

数瞬遅れてセイが、そして、山口や相田たちが一斉に刀を抜きながら走り出した。八番隊を取り囲んだ男達のさらに外側から一番隊が襲い掛かる。

町人姿の者は隊士たちに任せて総司は浪士を中心に次々と打倒していく。八番隊の面々とともに入り乱れて乱戦状態になるが、やはり強い相手はその中でも目立つもので、藤堂と斬り合っている相手と、もう一人、あまり背は高くないが、一人奮戦している者がいる。

「貴様!!」

自分とあまり変わらない背丈の相手とみて、セイがその男に向かって斬りかかった。

「神谷さん!」

セイの動きは、三度に一度は総司の背後をとれるほど素早いが、今はこの乱戦の最中で敵味方が入り乱れている。そんな中で相手の間合いに走り込むなど自殺行為に等しい。

総司が振り返った瞬間、セイは足元を横薙ぎに刀を振るった相手を巧みに飛び越えて、その脇に突きを繰り出した。しかし、相手もやはり並ではないだけに、あちこちに目がついているような動きを見せた。利き足を引いて、腰を落とすと、くるりと回転して立ち位置が変わる。

「くっ!」
「ふん」

覆面越しにくぐもった笑い声が聞こえた。かっとなったセイは、再び顔の脇で刀を構える。先ほど遠目にしか見えなかったが、会話がなくてもなんとなくわかる気がした。初めからきっとしのぶはこうして新撰組の誰かを引きこんで、おびき出すための存在だったのだ。

怯えた顔も、すがりついた姿も、逃げ回る中でセイを気遣った姿も。

全部、何もかもが嘘だったのかと、男の背に庇われたしのぶが一瞬だけ、振り返ってセイを見た気がした。

「馬鹿!!」

もう一度踏み出そうとしたセイの肩を追いついた総司が思い切り強く引いて後ろに下がらせる。小柄な相手を前にすると、確かにセイと背丈がほとんど変わらない気がした。

「貴方、もしかして」
「むん!」

総司が何か言いかけたのを遮って、男は総司の得意な突きを交わすように左右に逃げながら、斬りつけてくる。同じように左右に相手の刀を受けた総司が、先ほどセイに向かって男が見せたのと全く同じような動きを見せた。

「!!」
「はぁっ!!」

腰を落とした総司は軸足を置いてくるりと回転すると、下から相手を斬り上げた。総司の額に、血飛沫が飛ぶ。
振り向けば、藤堂とにらみ合う男を除けばほとんどが押さえこまれていた。

「もう、いい加減にしなよ」

しのぶを庇いながら戦う男に、藤堂が心底嫌そうに言った。

 

– 続く –

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