阿修羅の手 11

〜はじめのつぶやき〜
あらら。なんだか先生突き放してますね

BGM:嵐 Happiness
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なぜだろう。セイは、泣いてしまったこともあってうまく考えがまとまらなくなっていた。

そして、いつもならセイが納得するか、話し合いの結論が出るまで話し続けるはずなのに、今夜はあっさりと眠るように言われた。それが、妙にセイを突き放しているように感じて、そんなわけはないのに、と思えば思うほど訳が分からなくなる。

寿樹が眠っている部屋に、そうっと床を用意すると、そっと抱き上げて、着物を脱がせる。寝間着の袖を通させると、柔らかい帯を結んで、布団に寝かせてやる。

「……ごめんね。駄目な母様で」

隣室にいるはずの総司が何をしているのかはわからないが、総司の言うとおりセイは、ただ泣いて、その疲れたまま眠ってしまいたかった。いつもは総司 が奥に真ん中にセイが、そして寿樹を抱くようにして眠る。赤子の内はそうしていなければ、夜泣きをした寿樹のために総司を起こしてしまうからだ。

時には総司ひとりを奥に寝かせて、セイは寿樹と手前の部屋に眠ることもある。

だが、今日のセイは、そこに総司と寿樹の分しか布団を敷いていなかった。何か考えていたわけではない。その逆で、自分の分がないことにも気が付かないまま、セイは寿樹の傍に突っ伏すように横になった。

 

ここしばらくはなかったが、セイが泣いた時に、こんな風に突き放したことはなかった。

何をするわけでもなく、隣の部屋でセイが寝間の支度を整えている気配に意識を向けながらぼんやりと壁に寄り掛かって総司はしばらくして、物音がしなくなったことにきづくと立ち上がった。

「……」

半分開いていた襖の向こうを半分覗き込んだ先に、倒れこむように寿樹の傍で畳の上に横になっているセイの姿を見た。

広げられた布団は、総司のものと寿樹のものだけでセイのものはない。ため息をついた総司は、セイを抱き上げると、自分の布団に寝かせた。
自分で取り出した夜着に着替えて灯りを消すと、セイの隣に横になる。

泣き疲れて眠るセイの目元にはまだ名残の涙がたまっていて、それを指先で拭う。

「まったく、お馬鹿さんですねぇ」

呆れ交じりにそう呟くと、片腕をセイの首元に差し入れて引き寄せる。総司の腕に頬を摺り寄せるようにしたセイを眺めながら、総司も目を閉じた。

 

泣いて、重くなった瞼の向こうで、深く眠っていたセイは、頭を動かしたときにふわっと香った一番慣れた匂いに、無意識にすり寄った。

力が抜けていたセイの体がぐっと抱き寄せられてその腕にぼんやりと目を開ける。

「……あ、れ……」

ぐるっと目が回るような感覚があって、目の前の総司の胸元に驚いて目を見開いた。抱き寄せたものの、こちらも無意識でまだ眠りの中の総司を起こさないようにそうっと半身を起こす。

周りを見ると、すやすやと眠っている寿樹と、総司の間で眠っていたらしい。

昨夜のことが思い出せなくて、戸惑っていたが、少しずつ目が覚め始めると思いだしてくる。

―― そうだ。総司様に覚悟がないなら仕事を辞めろといわれたんだった……

自分の誤魔化していたことをずばりと言い当てられて、何も言い返せなかった自分を思い出せば、一気にセイの顔が曇ってしまう。泣き疲れて眠ってしまったところを隣で寝かせてもらったことが情けなくて、起き上がるとそのままだった着物を着換えた。

部屋に置いたままになっていたものはすべて総司が片付けてくれたらしい。きちんと整えられた部屋を抜けて、台所に下りると朝の支度を始める。

朝餉の用意が出来上がる頃、目を覚ました総司が起き出してきた。

「おはようございます。ちゃんと眠れました?」
「はい。おはようございます」

隣に立ってセイの顔を覗き込んだ総司に、反射的に頷くとにこりと総司も頷く。ぽん、と昔のようにセイの頭に手を置くと、顔を洗いに出て行った。

それから何事もなかったように、総司は昨夜の話には触れず、セイも何も言えないままいつも通りに家を後にする。躊躇するセイの気持ちを知っているのか総司はセイの先に立ってお里の家に向かった。

寿樹をお里に預けて屯所に向かうと、じゃあ、と言って自分は隊部屋のほうへと歩いていく。

そんな総司がわからなくてセイは首を一つ横に振るといつも通りの仕事にかかった。

ぶすっとした顔で新人隊士が姿を見せる。気は進まなくても手当はきちんとするように言われていたために顔を出したらしい。セイのほうにではなく、小者達のほうへとあからさまに近づいていく。

それも慣れている小者達はあっさりと自分達の仕事を優先して隊士に構うことはない。

「怪我の様子を見ましょう。こちらへ」

セイがそういうと、むくれた顔で渋々とセイのほうへと歩み寄ってどかっと腰を下ろした。

「失礼」

セイの方も無造作に隊士の足を掴むと、着物をまくり上げて膝のあたりに巻かれている包帯を外した。覆っていた油紙も外すと、傷口に張り付いている布も勢いよく剥がす。

「いっ!!……てぇ!!」

初めは本当に痛みに反応して叫んだものだが、後半はセイに対しての文句である。それにいちいち構ってはいられない。軽く肩を竦めただけで、セイは傷口を覗き込んだ。

割れた傷口は場所が場所だけにくっつくわけではなく、傷の上に塗った軟膏のおかげもあって薄い膜ができ始めていた。セイが勢いよく剥がしたせいで、少しばかり血が滲んではいたが、このまま時間がたてば肉も盛り上がって新しい皮膚が覆うはずだ。

ふっと息を吹きかけて傷口を乾かしたセイは新しい布に軟膏を薄く塗り広げた。

「このまま何日かすればすぐふさがりますよ」
「それはどうも」
「もう少しかさぶたのように固まるまでは無理しないでください。でないとまたふさがりかけたところが割れて、血がでますからね」

今度は返事もしない隊士に構わず、新しい軟膏を塗った布を張ると、先ほど剥がした油紙を挟んで包帯で巻いていく。そこに総司が顔を見せた。

「あ。神谷さん。うちの人がお世話になりました」

今は屯所にいるために、立場が違う。一番隊の組長として組下の者の世話をかけた礼を言ってセイの傍に膝をつくと、セイも総司の方へ顔を向けた。

「いえ。場所が場所なので、皮膚がくっつくことはありませんが、もう新しい肉が盛り上がってきてますからじきによくなりますよ」
「そうですか。よかったですね。立石さん」

いきなり組長の登場に戸惑いながらも、思いがけず夫婦の間に立ち会ってしまった新人隊士、立石は気まずそうに二人の顔を交互に見比べた。この二人が同席している場に出くわすなど初めてだったのだ。

「あ、はい。その……、神谷さんのおかげで……」

一応は幹部であるセイに礼を言う形をとった立石ににこりと頷いた総司は、きちんと座りなおした。

「それで、神谷さん。今日は捕り物があるんですが、あなたも同行してもらえませんか?」
「私も、ですか?」

包帯を巻く手が止まるほど思いがけない話に、立石だけでなくセイも驚いて目を丸くした。

– 続く –