阿修羅の手 12

〜はじめのつぶやき〜
ありのままが一番ですって。

BGM:嵐 Happiness
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「ええ。いつもならこんなお願いはしないんですが、今回はうちも新人が入ったばかりですし、三番隊と合同ですし、あなたならいざという時に手を借りることもできますからね」
「あ、はい。構いませんが」
「副長からもそうするようにと許可はいただいてますから。じゃあ、よろしくお願いしますね」

一番隊の頃も、捕り物の時は極力セイを連れて行かないようにしていたはずの総司の申し出が思いがけなさすぎて、セイも思わずぽかんとしてしまう。

我に返ったセイは、立石の包帯を巻き終えると小者が用意してくれた桶で手を濯ぐ。

「出立は四つ半に、先に三番隊が、あとから一番隊がそれぞれ出ます。神谷さんは私たちと一緒に最後に出ましょう」
「承知しました。身支度はどのように?」
「いつも通りで構いませんよ。別に神谷さんに戦ってもらうことはありませんから」

戦うための装備ではないことを確かめると、セイは小者に目線で合図を送る。すぐに外科用の薬籠を運んできて中身を整え始めた。

必要なことを伝えると、総司は立石を立ち上がらせる。

「じゃあ、神谷さん。後程」
「承知しました」

あくまで事務的な、仕事の会話だけの総司とセイに立石は少なからず驚いていた。てっきり、総司の庇護のもとで甘やかされて、雑用との兼任している程度だろうと思い込んでいたのだ。

「あの……。沖田先生」
「なんです?」

軽く足をかばう立石を従えて、いつもと変わらない歩調ですたすた歩いていく総司を立石が呼び止めた。少しずつ総司に後れてしまった立石は、総司が立ち止って後ろを振り返っている間になんとか総司の傍に追いつく。

「今日の捕り物に、俺も参加していいのでしょうか」
「もちろんですよ。当たり前でしょう?」

ふっと口の端だけを引き上げた総司の顔をみて、訳もなく立石は視線を外して彷徨わせた。触れてはいけないことにずかずかと踏み込んだかもしれない。
そんな気が急にしてきて、慌ててしまう。

「あと一刻もすれば出発ですからね。立石さんも支度をしてくださいね」

そう言い置いて総司は一人先に隊部屋へと歩いて行ってしまった。

 

捕り物の前の一刻などあっという間に過ぎてしまう。先に出発の三番隊は少人数に分かれてすでに屯所を後にしていた。隊部屋で支度をしていた総司達も、準備ができた者たちから少しずつ、部屋を出て行っている。

「沖田先生。我々もそろそろ行きましょうか」
「そうですねぇ。あ、誰か立石さんについてあげてくれますか?」

足ごしらえを済ませた総司に相田が声をかけた。伍長と共に隊士達に指示していた相田は、心得顔で胸に手を当てる。

「任してくださいよ。小川たちがついてます。神谷も一緒に出るっておっしゃってましたけど、今日そんなに大きな捕り物じゃないですよね?」
「そんなことはありませんよ。斉藤さんのところも一緒に出るくらいですからね」
「そりゃそうですけど。沖田先生が神谷のことを大事にしてるのは相変わらずですねぇ」

にやっと笑った相田にごほんごほん、と咳払いで誤魔化した総司は薄らと頬を赤くして、ひらひらと手を振った。

「何をいってるんですか。もうっ」
「わかってますって。俺たちだってあいつはあのままでいいのにって思ってますからね……って、すいません!つい隊士時代の勢いで言っちゃいましたけど」

苦笑いで流した総司も一番隊の面々も十分によくわかっている。それは斉藤も、土方や近藤たちも同じだ。

「わかっていないのは本人だけなんですよねぇ。それが一番苦しいんでしょうけど」
「素直じゃないのもかわんないですよね。沖田先生も」

てっきりセイのことだと思って笑いかけた総司は立ち上がりかけて、本気で転びそうになる。付き合いが長くなれば本当に誤魔化しが聞かなくなるのも困りものだ。

「……そこは神谷さんが、というべきだとおもいますけど?」

負けず嫌いも手伝って、何事もなかったように羽織に袖を通し、懐の襷や手拭いを確かめた総司は刀を腰に差す。少しずつ隊士達の出て行った隊部屋にはもうそうだと総司の二人だけである。

にやにやと面白がっている相田はさて、と言葉を濁して総司のために廊下へと障子を開いた。

総司が大階段のあたりに姿を見せるのとほとんど同じころ、診療所の表階段からセイが姿を見せる。手には何も持たずに女武芸者のように総髪風に髪を結いあげて、腰には大刀を差していた。

薬籠を準備していたはずでは、と思った総司がセイのほうへ近づいていくと、ぺこりとセイが頭を下げた。

「お待たせしたでしょうか」
「いえ。ちょうどいい時間ですが、神谷さん。薬籠は持たないんですか?私はあなたに隊士として同行してほしいと言ったつもりじゃないんですが」
「持ってますよ。ほら」

ひょいっと後ろを振り向いたセイのセイの背中に不思議なものが背負われていた。一つ一つが膨らんでいることから中に何かが入っているのだろうが、何とも不思議なものである。

「なん……ですか?それ」
「薬籠ですよ。普通の薬籠だと、どうしても手が使えなくなるじゃないですか。以前から、皆で考えていたんですけど、こうして小さな引き出しみたいなのをつなげて、背中に背負ったら両手もあくしちょうどいいかなって。変ですか?」
「変……というわけじゃありませんけど。まあ、変わった荷物というか……」

くるっと再び前を向いたセイを総司も相田も、何とも言えない顔で見ている。
ははん、と納得したセイは、腰に差した柄を握った。

「そういえば先ほど隊士としてどうとかおっしゃってましたね?私は医師として同行させていただくのではなかったんでしょうかね」
「そ、そうですね。そうでした!じゃあ、行きましょう!遅くなっちゃいますし」

総司と相田の視線が互いに何かを言い合っていたが、セイはそれには気づかずに門に向かって歩き出す。総司と相田は無言で何かを話していたが、肩を竦めると揃って歩き出した。

今日の捕り物は相田の言うとおり、そんなに派手なものではない。

ならなぜ、三番隊と一番隊の両方で出張る必要があるのか。

「沖田先生?いったい、どちらに向かってるんですか?これじゃまるで……」

総司たちと共に行先も聞かずに歩いてきたセイは、途中から怪訝な顔になり、今でははっきりと苦い顔になっていた。隣を歩く総司が悪戯がばれた、という顔でぺろりと舌を見せる。

「すみません。騙したつもりはないんですけど」
「……ってことは。そうなんですね?」
「はい」

はーっと深いため息をついたセイは、はっきりと眉間に皺を刻んで再び口を閉ざすとまっすぐに前を見て歩き出す。まさか、行き先と今日の捕り物を言っていなかったのかと相田が心配そうな顔で総司とセイを横目で見たが、そこに口を出すほど愚かではない。

―― さてさて。今日は荒れるな。

それが相田の感想だった。

 

– 続く –