残り香と折れない羽 31

〜はじめのお詫び〜
もうちょっと〜。後始末まで〜。

BGM:

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原田と永倉はいつにない総司の様子に驚いていた。そのまま屯所に戻すわけにはいかないと思ったのは土方も同じだった。

「飲め」

引きずられるように揚屋の一室に入った総司は、酒を勧められて仕方なしに一口含んだ。

「なぜ邪魔したんです」

不機嫌なまま怒りをぶつけるように総司が言った。土方が浅野を斬らなければ、総司はあの後も浅野を切り刻んでいたかもしれない。

「言ったはずだ。俺はお前をただの人斬りにした覚えはない」

あのままではただの人斬りだと、言いきられた総司はぎり、と唇を噛み締めた。その総司の盃に再び土方が酒を注いだ。

「神谷をやったのは浅野じゃない」

びく、と盃を持つ手が止まった。土方はふーっと息を吐いた。自分の盃にも酒を注いで一口飲んだ。盃を置くと、土方はそのまま立ちあがった。くいっと顎で原田を呼んで廊下に出る。

後をついて立ち上がった原田に、二分金を二枚、懐紙に包んだものを握らせて囁いた。

「飲ませて潰せ。今日はここに泊めていい」

原田は黙って頷いた。土方はそのまま揚屋を出て行った。
部屋の中では永倉が黙って自分の盃と総司の盃に酒を注いでいた。

「お前、あいつのことになるとほんとに頭に血が上るなぁ」

伸びたひげを撫でながら、永倉が淡々と言った。以前、セイが総司を庇って背後から袈裟掛けに斬られた時、相手の頭を抜き打ちに斬り割ったことがあった。目撃した斎藤から聞いていた永倉は、それを思い出して言った。
総司は何も言わずに、酒を呷った。本当は早く屯所に戻って、セイのところに行ってやるべきなのだろうが、土方が思ったようにこのまま戻ってセイに会っても、どろどろした感情をどうしていいのかわからなかった。

空にした盃に原田も酒を注いだ。

「清めだと思って飲めよ」
「……清めなくたって構いませんよ」

ぼそりと呟いた総司はそう思っていた。元々自分の手など血に染まっているのだ。今更何を、と思うと可笑しくなる。

「そういうなよ」

総司の気持ちがわかるだけに、原田は余計に痛いな、と思う。セイが襲われてからずっと抑えていた怒りの持って行き場を土方に奪われたことは、さぞやりきれないだろうと思う。
だが、総司をただの人斬りにしたくないという土方の思いも十分、分かる。

これが自分だったらどうしただろう、と思えてならない。もし、おまさが襲われることがあったら、総司ほど冷静に相手を見極めることを待つことなく、疑いのあがった相手を即座に斬り捨てていたかもしれない。

飲ませて潰せ、という言葉が確かに効いていた。この場にいない斎藤と屯所に戻ったはずの土方が、セイの面倒を見ているころだろう。

三人とも、目の前の肴には手をつけることなく、ただひたすらに酒を呷っていった。

 

 

総司に殴られたセイは、一番隊の面々に連れ出されて診療所の小部屋にいた。事情がよくつかめないために、セイに何と言葉をかけていいのかわからず、診察室と小部屋の外を固めるばかりで、部屋の中にはいたたまれないために誰も入ってはいなかった。

そこに土方が幹部棟から回って現れた。一番隊の面々はてっきり斉藤が現れると思っていたので、驚きながらも土方を小部屋に通した。

閉め切られた部屋の真ん中にセイは端坐したまま目を閉じていた。隣の部屋からも外からも誰かが来ればすぐにそちらを向ける位置に。

「神谷」

総司達と共に出て行ったはずの土方が戻ったことで少なくとも浅野のカタがついたことだけは分かる。
顔を上げたセイが土方を見た。土方は部屋の外にいる隊士に濡らしてくるように言いつけると、一人が外へ走りすぐに戻ってくる。隊士から手ぬぐいを受け取ると、再び障子を閉めた土方は、セイの頬に濡らした手ぬぐいを充てた。

「冷やせ。そのままじゃ腫れるぞ」

のろのろと手を上げて、セイは頬に当てられた手ぬぐいを手で押さえた。

―― だから嫁の面倒は見ろと言ったんじゃねえか

総司の面倒は原田と永倉に任せて来た土方は、セイの目の前に座った。

「神谷、よく聞けよ」

そういって、土方は新井の処断は蔵篭めの謹慎になったことを告げた。新井の行ったことと武田と浅野の行状を、監察方の責めによって白状したため、泳がせて引き続き伊東一派の情報を得るために他の隊務に配置されることになった。

「浅野は、法度を破った咎で俺が斬った」

昨夜、浅野が屯所を飛び出してから、密かに山崎の手の者が後を追っていた。複数の町人を使って追跡し、仮小屋での様子もすでに報告されている。そちらに関しては、あまりの不行状に隊とは関わりのないこととして処理された。

浅野が呼び出されて会った武士は、土方の手配による偽者だった。会津藩の奥向きの武士に頼み、佐土原藩の公用方を装ってもらったのだ。
そもそも、佐土原藩が薩摩藩に対して、新撰組の隊士をいくら情報を持っているといっても取り次ぐことなどあるはずもない。浅野と武田を追い詰める策であった。

浅野を斬った時の、総司の様子は伏せて大まかなところを語った。

「本当なら武田も同じ罠にはまってくれれば面倒はなかったんだけどな」

浅野は自分だけの保身に動いたため、武田は結果的に浅野に対して出した指示の書付だけのことになってしまった。そうなると用意に処断を下すわけに行かなくなる。

「お前を襲ったのは武田だろう?」

あれ以来、武田と対峙してはいないものの、新井の証言もあり、疑いようもなく、セイはこくりと頷いた。
普段の稽古でも、一番隊を武田が一緒に見ることはまずない。全体での稽古であっても、総司や斉藤がいるために近くで向かい合うことのない相手であったが、セイの耳には色々な情報が入ってきていた。

実際に本人を見るよりもよく知っているといえる。

 

– 続く –