風のように 花のように 7

〜はじめのつぶやき〜
螺旋に刻まれた記憶をたどる。
BGM:Metis  ずっとそばに
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「おい?!」

焦って、理子の腕を歳也が掴んだ。

「また置いて行かれるかと思った……」

一番正直な想いを口にした理子を立ち上がった総司が抱えて、椅子へと座らせた。急いだといってもタクシーを飛ばしてきたわけだったが、二人の顔を見てどっと力が抜けたらしい。

「……はぁ」
「お前ら、少し落ち着け」

ぺたりと座った理子の隣に座った総司も先ほどよりはしっかりしているが、どこか気が抜けている。こほっと、喉の奥で咳をすると、理子の肩を軽く叩いた。

「私も今聞きましたけど、全然大丈夫だから。落ち着いてゆっくり深呼吸して」

歳也の腕を掴んだまま座り込んだ理子は両手で掴まって顔を伏せているために、長い髪で顔が見えない。しばらくすると、ひーん、と小さく泣く声がして、それに気づいた歳也も腕を掴むに任せておいた。

しばらくして、落ち着いたのかゆっくりと手を離した理子が両手で顔を覆ってから、深く息を吸い込んで顔を上げた。

「……ごめんなさい」

真っ赤な目をして、それでも顔を上げた理子がかろうじて笑って見せた。歳也と総司の次に、置いていかれることには弱いはずの理子が、どんな気分を味わっていたのかこの二人にもよくわかる。

「落ち着いたか?」
「……ごめんなさい。本当に、動揺しちゃって」
「かまわん。こいつも同様だ」

くいっと顎をしゃくった歳也に、理子が総司を振り返った。照れくさそうな顔で総司が苦笑いを浮かべた。

「一番、辛かったのはこの人でしょうけどね」

そういって、歳也を指差した総司は、ふう、と大きく息を吸い込むと立ち上がった。

「一度、お手洗いに行って来たらどうです?先に行って顔を出してますから」

病室の方向を指差すと、理子も頷いてバックを手に立ち上がった。歳也の案内で総司が先に病室の方へと向かう。理子が離れたところで、歳也が声を落とした。

「お前も身の回りには十分気をつけろよ。まんま前世を繰り返すわけじゃないが、命にかかわるような何かはついて回るようだ」
「どういうことです?」
「見舞いに来た藤堂が言ってた。使えないバイトが逆切れして、包丁で刺されかけたって。脇腹を掠めた程度で済んだから、絆創膏の一つや二つで済んだらしいが、一つ間違えばあの世行きだ」

今日の近藤だとて、一つ間違えばあの世行きである。まさか、という顔で歳也を見るとにやりと不敵な笑みが帰ってきた。

「馬鹿。そんな顔すんじゃねぇよ。俺だけはそんなのないけどな。これも悪運かもしれねぇ」
「悪運でもなんでもいいですから気を付けましょう。身近に立て続けに起こるなんて嫌な感じですね」
「アイツには言わずに、お前が気を付けてやれよ」

いないことを確認するために振り返った歳也につられて、病室の前で総司も振り返る。確かに先ほどの様子では余計にそうだろう。頷いた総司は、いつの間にか静かになった病室へと入った。

「近藤さん」
「総司じゃないか。心配かけて悪いなぁ」
「本当ですよ。最初は心臓が止まりそうでした」

病室にいた看護婦もいなくなった部屋でぼうっと起こしたベッドに寄り掛かっていた近藤が顔をむけた。単純骨折だけということで、足にギプスをはめられているが、ほかは若干の打ち身で湿布さえ出されていない。頭を掻きながらすまん、と近藤が頭を下げた。

「いやぁ、体ってのは咄嗟に動くもんだねぇ」
「本当に勘弁してください。今は普通の人なんですから。最近、運動不足なんでしょ?」
「そうなんだが、ついってことだよ。神谷君はどうしたんだい?」

一緒に来ないはずがないと、首をかしげた近藤に歳也が壁に寄り掛かり腕を組んだ姿勢で割り込んだ。

「アンタが余計な心配させるからな。来てるが、今手洗いだ」
「お。そうか、すまんなぁ」

二人部屋で他には救急で運ばれた患者もいないらしく、一人部屋状態になっている。隣の空いたベッドがあって、ナースステーションに一番近い部屋は救急で運ばれてすぐに入る部屋なのだろう。

パタパタと歩く音が聞こえてきて、そっと覗き込む顔が見えた。

「おう。神谷君」

ひらひらと手招きした近藤にぱぁっと明るく微笑んだ理子が総司の隣にすすっと近付いた。

「もう。心配させないでください!」
「いやぁ。すまん!神谷君。歳にもずいぶん怒られたんだ」
「たいしたことなくてよかったです。本当に」

そういって、ベッドの傍に立った理子は、見舞いらしいことを口にしたくせに、手にしていたのが自分のバックだけなのにようやく気が付いた。花も菓子も持ってこなかったのだと今更になって思い至る。

「ごめんなさい。慌てていたから何も持ってこなくて。明日にでもすぐお花持ってきますね」
「いやいや、構わんでいいよ。足の骨折だけですぐに退院できるみたいだし」

慌てて詫びた理子に片や心配をかけた方の近藤も申し訳ないと詫びる。それを見ていた歳也が、そんな必要はないと言った。
事故の連絡直後から散々気を揉んで、諸々の対応をこなし疲れ切ってきたところが面倒見がいい歳也らしい。

「そんな余計なことはいらねぇよ。それよりギプスに文句でも書いてやれ。さ、お前らも帰るぞ」

疲れて話を切り上げにかかった歳也に急かされるように、総司と理子も近藤に言葉をかける。ほんの少しの間だけの見舞いだったが、近藤も怪我をしたすぐ後のことだ。大した怪我ではなかったにせよ、休ませようという配慮と、総司達の疲労を考えての事だろう。

「じゃあ、また明日顔を出しますね」
「忙しいのに、気を遣わなくていいぞ~」

ひらりと手を挙げた近藤に理子が軽く会釈して病室を出た。
歳也に続いて総司とそのあとを理子が歩く。病室から離れたところまで来て、理子が歳也の腕を掴む。

「沖田さん、明日もお仕事ですよね?」
「ああ」

総司を見上げると、すぐに意図を理解したらしい。頷いて総司が口を開いた。

「沖田さん、家にきませんか?よろしければ泊まって行ってください。どうせ、朝にまた顔を出すんでしょう?」
「ったって……」
「いいから。この人も一緒にいてくれる人が多い方が落ち着くみたいですし?」

くしゃっと理子の頭を撫でた総司に、ぷぅっと頬を膨らませて理子が言い返す。

「多いからいいなんて言ってません!」
「はいはい。心配なんですよね。ちょっとだけですもんね。ついでに歳也さんも疲れ切ってて心配なんですよね」
「先生!余計なことを~!」

笑い出した総司が、勢いに負けて咳き込んだ。喉の奥に空気が絡まるような咳をしてから、ぜいぜいと呼吸を整える。急に咳き込んだ総司に、理子が慌てて背中をさすり、歳也も立ち止まった。

「なんだ、おい。風邪か?」
「ええ。今年の風邪はしつこいから歳也さんも気を付けた方がいいですよ」
「おいおい。ならお前の家に行くのはなしだな。そんな風邪をもらいに行くような真似……」
「もう治りかけですよ!」

そんなやり取りをしながらも、歳也も一人で家に帰る気分ではなかったのだろう。素直にタクシーに同乗して一緒に家までやってきた。
ほっとした理子が、すぐに家の中に入ると、何か作りますね、と着替えもしないうちから台所へと向かった。

「お前ら、そういや来年だって?」
「ええ。やっと親が」

リビングに陣取った男二人はジャケットを脱ぐとまずはビールを飲みながらとんでもない一日だったと話し始めた。

 

– 続く –