風のように 花のように 8

〜はじめのつぶやき〜
未来はどこまで変えられるんだろう。
BGM:Metis  ずっとそばに
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翌日、朝一番に三人で近藤の元へ向かうと、午前の検診ということで近藤は病室にはいなかった。面会時間ではなかったが昨日運ばれてすぐのこともあり、顔を出した総司達を咎めることなく看護婦が教えてくれた。

いくら、あの程度で済んだとはいえ、打ち身もあるし、頭でも打っていたらすぐにわからないこともある。さすがに昨日の今日ですぐ退院ということはないし、午後になれば部屋に戻って落ち着くだろうというというので、それぞにれ仕事に向かうことにした。

「お前らは無理すんな。今は俺の方が自由はきくだろ」
「歳也さんだって、そうそう暇なわけじゃないでしょう?近藤さんの事故の手続きだってあるでしょうし」

互いに、仕事の帳尻合わせを相談しながらまた夕方に顔を見せることにして歳也は先に病院を出た。総司と理子も今日はそれぞれ別の仕事に向かうために、夕刻に連絡を取りながら病院で待ち合わせることになる。

こんな時に限って、幸か不幸か生徒の何人かが休みになって、グループレッスンが休講になったため、総司は思いがけず午後が空くことになった。最近、生徒も風邪のために休みになることが多い。

ならばということで、歳也の事務所に顔を出した総司は、忙しそうに動き回るアシスタントの女性に片手を上げた。

「こんにちわ。忙しそうですね?」
「あ!一橋さん、いらっしゃいませ。聞きましたよ!今度ご結婚されるって。おめでとうございます」
「やだな、決まりかけただけでまだまだですよ」
「先の話でもいいじゃないですか。そういうお話があるだけでも素敵!先生から聞きましたよ。素敵な奥さんだって」

余計なことを、と思った総司が目を細めて意地の悪い顔になる。屈託ないアシスタントが奥の個室をノックした。

「沖田先生?一橋さんがお見えですよ」
「あぁ?なんだよ、アイツ。仕事さぼりかぁ?」

部屋の奥で叫ぶ声の聞こえる方へ、勝手知ったると事務所とばかりに総司が歩いていき、オフィスのソファにどさっと腰を下ろした。

「お忙しそうですねえ。沖田先生」
「……てめぇ。喧嘩売りに来たのか」
「やだなぁ。お仕事が終わるのを待って一緒に病院行こうと思っただけなのに冷たいですよ。一緒に一夜を共にした仲じゃないですか」

にやりと告げた総司の言葉に、コピーを取りに行っていたアシスタントがくるっと向きを変えて戻ってくる。明らかに興味津々なアシスタントの興味を増々そそるように総司が続けた。

「最近、彼女にかまけてるからって、歳也さんは別格ですから大丈夫ですよ。私の愛情はかわりませんから」
「やっぱり!!お二人ってそういう関係だったんですか?!」

お茶をだすという名目で傍に戻ってきたアシスタントににっこりと総司が笑った。

「だって、女性は女性でしょう?」
「きゃー!倒錯的!!」

悲鳴なのか、歓声なのかわからない声を上げて走り去るアシスタントに、歳也が叫んだ。

「馬鹿っ、こんな野郎の話を真に受けんじゃねぇ!!」

くっくっ、と笑う総司に顔にも全身にも鳥肌を立てた歳也が青ざめた顔で睨みつけた。

「俺はそういう冗談は嫌いだっつーの!!」
「やだなぁ。冗談なんかじゃありませんよ?歳也さん、冷たいですね」

不気味な笑顔に歳也の方が音を上げて、書類に顔を隠すと現実を忘れるように仕事に没頭し始めた。衆道嫌いは今も変わらないらしい。
笑い続ける総司を完全に無視した歳也は、勢いを増して、予定よりも早い時間に一区切りつけた。

「ふう。一区切りついたぞ!」
「お疲れ様」
「ちっ、お前が気色悪いこと言うから、忘れようと没頭しちまったじゃないか」

忌々しげにいう歳也に、にっこりと笑った総司は、がりっと、もうだいぶ飽きてしまったのど飴を噛み砕いた。

「よかったじゃないですか。仕事が早く片付くには越したことがないでしょう?」
「うるせぇ!」

ごほん、と一つ咳をした総司は、歳也がスーツの上とバックを手にするのをみて、ソファから腰を上げた。本当は早く病院に向かってもよかったのだが、理子がリハをしている場所は病院に近いので、歳也を拾いに来のだ。

「もう上がれるんですか?」
「仕方ねぇだろ。さっさと手続きを済ませてしまわないと、退院も面倒になる。近藤さんは一人者だし、山南さんちで預かってもらうことにはなったんだが、子供が小さい分、嫁さんにこっちに来てもらうのも申し訳ないしな」

退院した後は山南の家にと話がついたのだが、それまでの日々の細々としたことは歳也が面倒を見るつもりだった。総司と理子が今は、結婚を親に認めさせるために気の抜けない時期だというのは知っている。そんな二人に負担をかけたくはなかった。

「馬鹿言わないでください。一人者は歳也さんだって一緒じゃないですか。私だって理子だって、近藤さんのお世話ならいくらでも手伝いますよ」
「お前らは、いまそれどころじゃねぇだろ」
「こんなことで仕事を首になるわけでもないし、必ず結婚はするので大丈夫ですよ」

真顔で言い返した総司に、歳也がじろりと睨みつけた。
人の好意は素直に受けろと言いたいところだが、総司も理子も素直に効くわけではないと思い直す。

「だったら、お前、風邪くらいさっさと治せよ」
「そうなんですよねぇ。なかなかしつこくて。今度医者に行ってみますよ」

好奇の目を向けるアシスタントに、しつこいくらい信じるなよ、と言い倒した歳也は後を任せて自分の事務所を出た。総司とともに、タクシーで病院へと向かう。

途中で総司が理子にメールを打ち、病院での待ち合わせを送ると、しばらくして携帯が鳴った。

「もしもし」
『先生?』
「ええ。今向かってるところですよ。貴女は?」

声を落とした理子が言うには、花を買ってもう先に病院についているという。

「ならそのまま待っててください」
『着替えやなんかも最低限は持ってきたので、沖田さんも先生も大丈夫ですよ』

病院の売店ででも足りないものは揃えるつもりだったのだが、先に理子が用意してしまったらしい。
総司が歳也の顔を見るだけで、だいたい話の中身は察したらしい。口はへの字に曲がっていたが、とりあえず頷いてきた歳也に総司は電話の向こうの理子にわかったと答えた。l

いくらもしないうちにタクシーは病院の正面へと滑り込んだ。

まとめて歳也が支払いを済ませると、スーツ姿の二人という病院には違和感のある格好で二人は受付へと向かった。昨日とは違い、今日は面会時間内でもあり、外来の診療時間内でもある。

人をかき分けるように受付に近づくと、病棟と名前を書いて面会人のバッジを受け取った。スーツにつけるのはさすがにできないので、ポケットに挟み、歳也と総司は、病室へと向かった。

病棟のナースステーションに立ち寄ると、もうすでに病室は移されて奥の四人部屋へと移動しているらしい。部屋を確認した二人はそちらに向かいかけて、後ろから聞こえる声に思わず顔を見合わせて立ち止まった。

 

– 続く –