風のように 花のように 9

〜はじめのつぶやき〜
BGM:Metis  ずっとそばに
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「もう驚くのなんのって」
「やだぁ。でも、先生なんでしょ?実は体育の先生とか?」
「いやいや、とんでもない」

松葉杖をつきながら笑い声をあげた近藤が歳也と総司の背後から隣室の女性と一緒にやってきた。若い女性は腕を怪我しているらしく、見舞いに来た女性と一緒に近くにいた近藤を喫茶スペースなどを案内して帰ってきたところだった。

「よお。歳也、総司。あ、こちら……」
「近藤さん!あんたって人は、本当にっ」
「歳也さん!」

明るい声で同室の女性を紹介しようとする近藤に、歳也が目を剥いた。
その歳也の腕を掴んで総司が引き留める。全く悪気のない顔は相変わらずなのだから、今更心配したのにと怒っても仕方がない。

がるる、と吠え掛かりそうな歳也を押さえて、驚いた顔の女性達に総司が詫びた。

「すみません。この人、心配しすぎてちょっと疲れているんです。近藤さん、神谷さんは?」
「ああ。なんか着替えやらなんやらを揃えて来てくれてな。それで何か飲み物でも買ってこようとしていたらこちらの方達が喫茶室とか案内してくれるっていうんでなぁ」

深いため息をついた歳也を引っ張って総司は病室の方へと歩いていく。さすがに近藤を置き去り気味なのは仕方がないだろう。名札のかかった病室をのぞくと、ベッドの周囲を整えて、花も飾り終えた理子が周囲を片付けていた。

「あ、先生。沖田さんも」
「そこで見つけたぞ。あの懲りない人もな」

歳也の苦虫を噛み潰した顔にすぐに理由がわかった理子はくすっと笑った。その手をベッドの上に滑らせて、皺を伸ばしていく。

「それが近藤さんが元気ってことでいいじゃないですか。あれでぐったり、しょんぼりされていたらかえって心配ですよ」
「それは確かに。近藤さんらしいと思えば」

苦笑いを浮かべた総司に、歳也が舌打ちする。女性に弱いのは生まれ変わっても一緒なのかと自分は棚に上がって、思う。自分だとて女性遍歴は多々あるというのに、近藤の女性に弱いというところは許せないらしい。

女性連れで戻ってくると、部屋の入口で女性たちの方が頭を下げてきた。男性と女性では部屋が分かれるので片手を上げた近藤から離れると、笑い声が遠ざかっていく。

先ほど会話しただけに、総司が会釈をして頭を下げたが、歳也は無愛想な顔で松葉杖の近藤を睨みつけた。
グイッとひっぱってベッドへと引き上げると、さっさと松葉杖を取り上げる。近藤の顔をじろりと睨みつけると、鞄から手続き関係の書類を取り出してバサッとベッドの上に放り出した。

「よく!読んで!書くとこは書いといてくれ!余計な力を使う前に!」
「余計な力って……ひどいなぁ」
「ひどいっていうのは、俺のセリフだ!!」

ベッドの脇から歳也と入れ替わりに後ろに下がった理子は、二人のやり取りに総司の顔を見上げると助けを求める。片眉を上げた総司がこほん、と一つ咳払いをすると、近藤と歳也がそれぞれに複雑な顔で総司の方へと顔を向けた。

「あのですね。近藤さんは怪我をしてるわけですし、歳也さんは寝不足だし、お互いに労りましょうよ」
「俺は。十分!労わってる!」
「俺……悪気はないんだがなぁ」
「あってたまるか!」

噛みつかんばかりの歳也に、ぼそりと呟いた近藤がしょんぼりと肩を落として書類を手にした。、困った顔の近藤と歳也のやり取りに黙っていた総司は再びごほっと咳き込むと、しばらく口元を押さえて喉に上がる咳を押さえ込んだ。

「なんだ。総司は風邪かい?」
「ええ。なかなか治まらなくて」
「ひどくはなさそうだが、早めに治せした方がいいぞ?」
「ええ。怪我人に風邪までうつしたら悪いので、早めに引き上げますね」

口をへの字に結んだ歳也の肩を総司がつついて促すと、わざとらしく、歳也は胸元のポケットから携帯を取り出してメールを確認してから、再び胸元に戻した。
来たばかりですぐに帰るのは忍びなかったのだろう。それにしても不器用な小細工だ。

「まあ、とにかく退院したら山南さんが面倒みてくれるから大人しくしといてくれ」

不機嫌そうに尖った雰囲気のまま、じゃ、と言い置いてさっさと歳也は病室から出て行った。慌てて総司がその後を追って行き、理子はニコリと笑ってまたきますね、と言って病室を出た。

「ちょ、沖田さん、ひどすぎますよ!もう、待ってくださいってば。しかも、二人で来るんだったら教えてくれればよかったのに!」
「うるせぇ。俺はもう帰るんだよ」

先を歩く二人に急ぎ足で追いついた理子に歳也はすっぱりと振り返らずに答える。
これでも歳也なりに心配しているのだから仕方がないのだろう。じゃあな、と言い捨ててさっさと歩いていく歳也に、理子に合わせて立ち止まった総司が仕方なく後ろから声を掛けた。

「また連絡します」
「おう」

ひらりと手を振って歳也は正面玄関の目の前に止まっていたタクシーに乗り込んでいく。そのあとから、総司は理子と一緒に後ろに並んでいたタクシーに乗り込んだ。

 

 

 

近藤が退院する頃になってもまだ体調がすぐれなかった総司は、職場近くのクリニックで見てもらい、肺炎だろうと言われて薬を貰ってきた。
それからは、喉が仕事道具である理子にはうつさない様に寝る部屋も分けて、家の中でもマスクをするように気を付けている。それでもなかなか思ったようにはよくならない。

「先生?」
「はい?」

ぼんやりと薬を片手にテレビを見ていた総司に心配そうな顔で理子が話しかけた。まさに飲もうと封を切ったまま一時停止状態の総司に思わず声を掛けたのだ。

「お休みされたらどうです?ゆっくり一日か二日くらい」
「ん~。そうですね」
「疲れがたまってるとか?」

生返事で理子の言葉を聞きながら、テレビを見ていた総司は思い出したように手にしていた薬を飲み下した。

「大丈夫ですよ。心配しすぎです」
「でも……」

立ち上がった総司は薬の空になった小さな包みを握りつぶした。

「大丈夫だから気にしないで」

マスクを戻したためにその表情も半分隠れてしまう。片手で理子の髪に触れてから自分の部屋へと戻っていく。

総司も、理子も口には出さない。
着実に近づいてくる黒雲のような不安に、心の中でもなるべく考えないようにしているが、間違いなくその影は手を伸ばしてきていた。

まさか、繰り返すのか。

そう思ったのは総司だけではない。近藤や藤堂のように、一歩間違えば、ということであればいいのにと何度も考える。そこまで運命が意地悪だとは思いたくなかった。

 

– 続く –