夜天光 11

〜はじめのお詫び〜
総ちゃんは基本後ろ向きの人なのかしらねぇ…
BGM:Celine Dion BECAUSE YOU LOVED ME
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日に日に追い詰められていくセイのことが、もう総司には分からなくなっていた。ただ、残された時間の中で、土方とセイに宛てた手紙を書き、気取られないように日々、笑顔を貼り付けて過ごすことだけで精一杯だった。

お互いがぎりぎりの中で土方が現れた時、総司は心から安堵していた。

もう、悲しむ姿も、泣かせることもない。自分のことで思い悩むことなどないのだと、それだけを思っていた。残されたセイのことは土方に頼んだ。土方ならば、たとえ戦い続けても、あの熱い男が想いをかけているならば幸せになれないはずなどない。

考えることさえ止めてしまえば、総司の脳裏には元気で一番隊で共にあった幸せな頃だけが幾度も甦る。

 

ただ一度。

 

夢の中で誰かの夢を重ねて、目が覚めた。
不思議に体が軽くて、起き上がった総司はそのまま中庭に続く障子を開けた。

今頃、セイは託した刀を届けただろうか。久しぶりにセイがどうしているかと考えるのは、夢の影響だろうか。
誰かが、夢の中で何かを呼んでいた。闇の中で、光を拒絶するように拳を握り締めて、助けようとする手を振り払っていた。

 

濡れ縁に寄りかかるようにして座ると、月のない夜だった。月が見えないのに、暗いはずの空が全体的にほのかに明るくて、まだ夜が明けるわけでもないのに、不思議な、包み込まれるような空間だった。

昼の太陽の光を残しているのか、影になった太陽の光を星が反射しているのか、吸いこまれそうな深い闇の底が輝いているように見える。

星が野に光を放っても、なお暗い。
月のない夜の残光で輝く空の光。

夜天光。

総司は、そのまま空を仰ぎ見た。

 

暗い夜はもう、私には明けることはない。太陽を失えば闇に沈みゆくのみだ。

 

本当は。心の奥底では。

あのまま、セイを閉じ込めて、共に逝くことを望まなかったとは言わない。
例え土方であれ、誰であれ、セイを委ねること。セイに触れること。それを許すことができない自分がいたことも。

ずっと、心の奥底に閉じ込めていた想いの箱を開けたような夜だった。
共に生きることが叶わぬのなら、共に重ねた胸を1本の刀で突き通すことができたら。
次に歩む新しい生では、共に歩むことができるだろうか。

 

もう放してしまったあの手を想う。手を繋いで歩むことを。

何の作用なのか、総司の中から飛び出した想いは、急激に生気を吸い取って、暗い夜空の中へ広がっていくようだった。

倒れ込んだ総司が朝になって、世話をするものに見つけられた後、残された時間は桜花が散りゆくように削り取られていった。

 

 

 

 

 

明かりをつけずに、部屋の中で澄んだ音とエアコンの音だけが響く。

最近よく弾いている ―― ピアノソナタ第14番 いわゆる“月光”。
防音の効いた部屋の中で、響き渡る音は本質を映し出す。かつて振っていた刀のように、美しく鋭く、硬質な煌めきを残す。

水面に反射するように、あの時と同じように月のない夜。今は地上の光が明るすぎて、月がなくても十分に明るい。あの時、昏い夜に溶けた総司の想いが、今の総司に降り注いで叶わなかった想いへと駆り立てる。

今なら届くのだろうか。あの手を離さずに。明日の保証さえ何もなかった時代とは違う。

無心に重ねる音には、以前の理子のように願いが込められている。

 

 

 

本番の前の週、すでにギャラリーには設営が始まっていた。所縁の品々の展示もあるため、通常のステージの設営とは異なっている。一度運び込まれたピアノは、今日のリハが終わったら、一度撤収され、前日に再び搬入になる。
ギャラリー内の設営の間に、ピアノを守るためである。

だから今日のリハは、設営スタッフと貴重品を管理し準備を整えている運営スタッフと、音楽イベント側のスタッフが同時にその場にいることになる。

運び込まれたピアノと、理子の立ち位置を確認し、ライトの位置を調整する。
まだ控室にいた理子のところに吉村が現れた。

「どう?」
「思ったよりは広いかな。ただ、ドアとかを完全に締め切るわけじゃないから音がどこまで響くのか気になるところですね」
「確かにね。マイクなしでやってみる?」
「いえ、最悪の場合を想定するなら、場所柄、うるさくて聞こえないことも想定したいじゃないですか」

二人が打ち合わせをしているところにスタッフが呼びに現れた。

「吉村さん、すみません。調律師さん見えてます」
「わかったよ。ありがとう」

理子の部屋からでようとして、吉村は足を止めた。理子を振り返ると真顔で告げる。

「アイツ、ねじ込んできたよ。前の調律師さんは知り合いみたいでさ。だから今日来てるのは、一橋君だよ」
「そうなんですね。……笑われないように頑張らなくちゃ…」

軽口を叩いたつもりなのだろうが、理子の表情が一気に曇ったのを見なかったわけではない。だが、今は仕事がある。

「会いたくなければここにそのままいなよ」
「わかりました。ありがとうございます。でもいつも通りで」

理子はそう言うと、吉村をそっと送り出した。どのみち、この仕事をしていれば全く会わないことなどないのだから、どこで会っても平気なようにならなくてはならない。

けれど、こんなイベントの仕事に自らがでてこなくても、と思わなくもない。

そういえば、このイベントには過去の関係者が随分来ることになる。どんな邂逅がそこに待ち受けているかもわからないが、理子にとっては仕事をこなすだけだ。

ヘッドフォンをつけて、曲順に合わせた楽曲をながして、理子は雑念を振り払うように集中した。

 

– 続く –