夜天光 4

〜はじめのお詫び〜
過去を旅する~。
BGM:土屋アンナ Believe in Love
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理子が去った時、まだ総司はすべてを思い出しきってはいなかった。セイの最後について、土方はすべてを語りきれたわけではなかったし、どうしてもセイを思えば口に出せないことがあった。

セイの残した手紙と、理子の残した手紙は、それからの総司の覚醒を促した。

 

 

日々、動けなくなっていく体。

微熱が続いて、倦怠感と絶望感だけがその身を襲う。

「先生?」

苦しげに朦朧としていた総司の額に冷たい手が添えられた。ひんやりとした手の感触に、はぁ、といくらか息が楽になる。

「先生」
「……貴女、何をしてるんです」

心とは真逆な言葉が口をついて出る。いてくれてよかった、とその手を握りそうになる心。

「まだこんなことろにいたんですか?目障りですよ」
「申し訳ありません」
「謝られてもね。さっさと出て行ってくださいよ」
「……申し訳ありません」

額に触れていた手を振り払うと、横を向いて顔を背けた。微笑を浮かべたセイの顔に、痛みが走ったのを見ないように。

「もう、貴女は隊士でもないんですからどこへでも出て行きなさい」

そういって、目を閉じても背後からその気配は消えない。

―― こんな風に苦しむ姿を見せたくないのに。

言うことを聞かないセイにどうしようもない苛立ちを感じて、重い体を起こした。起き上がろうとした総司に手を貸そうとセイが近づくと、その肩を押して突き飛ばした。

「邪魔なんですよ。こんな私を見ていて楽しいですか」
「沖田先生」

何を言われてもこの子は出て行かない。ただ、なにも言わずに、ひどい言葉を聞いている。

「出て行ってください。この部屋からもこの家からも!」
「嫌です」

ポツリ、と返された言葉がますます総司を苛立たせる。

「貴女にうつったら私が嫌なんですよ。貴女のためにそんな思いをしたくはないんです。さっさと出て行きなさい」

これ以上傍にいても、総司を興奮させるだけだと思ったのか、セイは横になってくださいね、といって、部屋を出て行った。
総司は、気だるく重い体をどさりと横にした。

「神谷……さんっ」

 

傍にいて。

生きていると。
この身がまだ生にしがみついているだけだとしても。

 

闘うことができなくなった総司が、その絶望から逃れるように求めたのはセイ。心の中で必ず守ると誓った人を求めることは、人として生きることを渇望することと等しい。しかし、武士として無様な姿は自分が許せなかった。

そして、もう自分の腕では守れなくなった人の幸せだけを願っていた。どうか、自分など忘れて、どこか自分の知らないところですべてを忘れて幸せになって欲しい。
思い出は自分が抱えて逝けばいい。

―― ごめんなさい。神谷さん。ひどいことを言ってごめんなさい

 

傍にいてほしい。その声を聞かせて。笑顔を見せて。

 

絶対に口に出してはいけない望みを胸に抱えたまま、だらりと力の抜けた体を、投げ出したままで総司は眼を閉じた。

しばらくして、総司が眠ってしまうと、そっと部屋に戻ったセイは、床の上で、布団もかけずに投げ出されたままの総司の体を、起こさないように、整えて布団をかけた。
そして、部屋を出ると、総司の着物や食事の支度を整える。

 

総司に何を言われても辛くはなかった。それを口にしている総司が一番傷ついているのが分かっているから、決して辛くはない。それよりも、刀を持てない総司の辛さを感じる方が辛かった。

何もできずに傍にいることしかできない。

近藤や土方はセイに向かって、総司に何があっても、何を言われても面倒を見てくれと頼まれた時、ありがたいと言うことだけだった。

「最後まであいつを見てくれるか?」

そう言われたことが嬉しかった。

ぱしゃっとセイの手にしていた総司の着物からは血の跡がなかなか落ちない。隊務をこなしていた頃から、返り血を浴びても目立たないような柄のものが多かっただけに、目立たないかと思えばそうでもない。吐き出される血の量がどんどん増えていっているからだ。

いつも、着物を替えた後、丹念にセイは血の跡を洗い流していた。洗い流すことで、なかったことにしてしまいたかった。総司の病を知った後、とうに覚悟はしていた。最後を看取る覚悟も、その後自分がどうするかも心には決めていた。

最近、とみに苛立つことが増えた総司を思うと、セイは極力総司の眼につかないように過ごしていた。それでも今日のように総司を興奮させてしまうと、その体力を奪ってしまう。

あとどれくらい傍にいられるだろう。近藤や土方達からの便りは、なかなか届かなくなり、耳に入る情勢は日に日に彼等を追い詰めて行っていることだけはわかる。

 

「ごほっ……ごほっ」

部屋の方から苦しげな咳が聞こえてきた。はっと顔を上げたセイは、息をひそめて気配を探る。あまりひどくないようなら時間を置いてから様子を見に行く。ひどいようなら今すぐにでも、傍に行かなくては。

すぐにその咳は収まりだし、いくらか血を吐いたのだろう。その音も、隠そうと拭う音も、もはや慣れてしまった。

 

 

– 続く –