夜天光 6

〜はじめのお詫び〜
すみません、すみません!!そんなイベント当然ありませんから(汗
BGM:土屋アンナ Believe in Love
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「まずはお帰りだね。理子ちゃん」

打ち合わせがてら、軽い食事をと吉村に誘われて久しぶりなので店を決められずに結局、理子の泊まっているホテルのレストランに落ち着いた。
まずは乾杯だと食前酒と頼んだ吉村が、運ばれてきたグラスを差し出して軽く合わせた。

チン。

グラスの触れる音がして、一口で飲み干した吉村がにやっと笑った。はにかむように目を伏せた理子は、ただ小さくありがとうございます、と呟いた。

「イベント、曲は理子ちゃんが決めていいからね。俺は何でも合わせて弾ける男だから任しといて」
「そんな・・・いくらなんでも、そんなわけにいかないじゃないですか。何曲やるとかないんですか?」

理子がそういうと、吉村が札入れからぴっとチケットを差し出した。
『MUSIC Event 逢魔が時―祈り―
演奏:Ukinosuke Yoshimura  Vocal:Riko Kamiya  AT:7/19 P.M.19:00〜 』

「チケットがあるなら無料イベントとかじゃないんですか?」
「無料イベントなんだけどさ、一応入場制限があるわけよ。あそこのさ、センターギャラリーでやる」
「どういうイベントなんです?」

吉村が秘密だと言っていたが、これでは単なるライブと変わらないだろうに。

理子がそう思っていると、いつもの軽そうなニヤニヤした笑いが吉村の顔から消えた。

「イベントがあるんだよ。新撰組のさ。幕末イベントの一つとかで今の暦にあわせてその日にやるんだと」

落ち着いて受け止めているものの、その日が決まっていたのは納得できた。今の暦に置き換えた総司が亡くなったといわれる日だ。
理子は改めて吉村の顔を見て聞いた。今までまったく想像もしていなかったあることを予想しながら。

「それで、なんで私が引き受けると思ったんですか?吉村さん」
「アンタならわかるとおもったんだけどなぁ。神谷清三郎さん?」

すうっと息を吸い込んで、理子は目を閉じた。
やはりそうなのか。何が引き寄せるのか分からなくても、これだけ自分の周りに転生した人々が集まっていることを思えば、とっくに気づいてもよかったのに。

「いつからですか?」
「アンタのことはすぐわかったさ。俺はアンタが大学の頃から知ってる」
「気づきませんでした」
「だろうな。俺も言う気なかったし。今でもそうよ。俺なんか口に出して面白い思い出なんかないからね」

それはそうだろう。
自分達以上に過酷な運命を辿ったのだから。

それでも、本名ではなく、浮之助なんて名前で活動してきた吉村がまったく気づかれたくなかったのかというと、そうでもないだろうと思う。
昔からこの男は天邪鬼だった。

「あの一橋は沖田だろう?今生ではお前達は一緒にいないんだな」

―― あれほど一つのものを別ったかのような二人だったのに

ほろ苦い笑みが浮かぶ。理子に今のあれこれを吉村に説明するつもりなどはなかったし、吉村もそんなことを聞くつもりではなかっただろうが、見るに見かねたという所だろう。

「だから、私がこのイベントに出ると思われたんですね。ようやく訳がわかりました。でも、私一度も行ったことないんですよね。六本木近辺って」
「墓参りとか行ってないんだ?」
「別に今、血縁関係があるわけでもありませんし、そもそも普通には入れなくなっているらしいですよ」
「へぇ。あいつも死んでから人気者になったもんだな」
「それは、前世の浮之助さんだって」

言いかけてさすがに言い淀む。波乱万丈の生涯を歩んだこの人に軽々しく自分が何かを言える立場ではない。

「何も気にすることはないよ。俺は昔の俺とは違うし、ああ、こういう過去を振り返らないところは今も昔も変わらないかもしれないな」

次々と運ばれてくる料理を前に、自分達だけが100年以上前の話をしている。
なんだかとてつもなくおかしいことに思えてきて、くすくすと笑い出してしまった。

「なんだよ。そんなに面白い?」
「いえ、なんだか、こんな場所でステキなコース料理いただいているのに、話の中身がおかしいなって」
「ああ、なるほどね。確かにそりゃそうだわ。悪いね」
「いいんですけど。それで、追悼イベントになっちゃうわけですか?歌えるかな、そんなの」

ひどく自然に理子が言った。理子の中では、これまで触れたくなかった歴史を紐解くような場所に行くことだったが、一度理子の中で昇華された思いが向くのは生きている総司であって、実際に墓に参りたいとは思わなかった。なにせ、自分の墓さえ知らないのだから。

「別にこだわらなくてもいいんじゃないの?歌いたい歌でさ」
「じゃあ、何曲くらいいきます?」

不安を抱えていても、一度、理子の中で修羅に落ちたセイと清三郎、そして理子との意識がお互いを認めたことですべてが昇華できたわけじゃないにしても混沌から抜け出した意識はまったく以前とは違う。それはこういうときにも現れてくる。
その違いに気づいた吉村が、なぜか不安そうな顔をした。

「理子ちゃん、変わったね」
「そうですか?自覚はあんまりないんですけど、ジャズとかはまってたからですかね」
「そうじゃなくてさ、なんというかこう……、うーん、例えていうなら神谷清三郎が大人になった感じかなぁ」
「はぁ?何ですか、その例えは……」

意味が分からないという理子だったが、吉村の例えは的を射ていたかもしれない。
今の理子は、清三郎が大人になって一段上がったような、度胸や思い切りの良さ、明るさや可愛らしさはそのままに、大人になって落ち着きを身に着けたような雰囲気がある。
以前の、儚げなどこかで自分をいらないものとして捨ててかかっていた雰囲気や、踏み込みすぎればそのまま身動きもできないままに、切れそうな気配がまったく変わっている。

吉村は自分が知る一橋という男の最近の姿を思い出していた。以前の一橋はそこそこ女の噂もあり、飄々とした面白い奴だった。決して積極的に関わりは しなくても、まるで今の理子と逆転しているかのように見えたものだ。それがいつからか、妙にストイックになり、仕事熱心になり、仕事で一緒になることも多 くはなったが、時々見え隠れする悲壮感が妙に気になった。

今の二人が不用意に近づけば、傷つくのは理子のような気がする。

そんな気がして、吉村は妙な不安感を覚えた。過去を知る誰とも関わるつもりもないが、今目の前にいる仕事仲間として理子は大事な知人である。

―― 気をつけたほうがいいかもしれないな

あえて口には乗せないまま、吉村は心の中でだけ思った。
簡単に曲目と内容を決めて、数日後のリハを約束すると、吉村はそのまま帰っていった。
部屋に戻った理子は、そういえばと不動産屋から持ち帰った図面を広げた。
防音完備の部屋は増えているものの、立地や設備などいくつか見た中でもあれこれと差がある。宅配ボックスがあって、セキュリティがしっかりしていて、角部屋のある部屋が一番いいように思える。駅にも近く、便利そうだ。

ほとんどの家具は以前、処分してしまったから部屋を決めたらまずは買い物に行かないと話しにならない。

そろそろ暑くなり始める季節だけに、面倒なことは早めに済ませてしまいたいし、明日早速この部屋をもう一度見てから決めようと思った。

 

 

– 続く –