夜天光 7

〜はじめのお詫び〜
ずっと、救いのない展開だけを思ってましたが、少しだけ変わるかも。
BGM:Celine Dion My heart will go on
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ようやく新しい部屋が決まった理子は、最低限の家財道具を揃えて、ホテルから移り住んだ。

「俺のところに住めばいいのに」

不満そうに言う斎藤と、初めて紹介された斎藤の婚約者だという女性はくすくすと笑いながらそれを聞いていた。

「本当に理子さんのことが心配で仕方がないんですね」
「甘やかし過ぎなんですよ。今度からは怒っちゃってくださいね。恭子さん」

篠田恭子という女性は、斎藤の病院関係の知り合いから紹介されたという。控え目だが芯のしっかりした女性で、そろそろ付き合いは2年になるらしい。理子の引っ越しの手伝いを兼ねて、理子に紹介するために一緒に来た。

おとなしやかな見た目からも、品の良さ、センスの良さが感じられる。理子は、嬉しくて仕方がなかった。

「恭子さん、血のつながりはないですが、本当に斎藤さんは私にとっては大事な兄なんです。これから、兄をよろしくお願いいたします」

逢って、挨拶もそこそこに理子は恭子をまっすぐに見つめてこんなことを言った。それに対して、恭子は驚いたらしい。

「あ、そんな……。理子さん!私こそ、斎藤さんには大事にしていただいているんです。こんな私ですが、よろしくお願いします」

緊張を漂わせて頭を下げた恭子の肩を斎藤が優しく抱いている。それだけで、この二人の間に流れる優しい空気を感じて、理子は幸せのお裾分けをもらったような気がした。

それから、家具の移動や配線などは斎藤に任せて、理子と恭子は家の中の掃除や片付けをしながら、多くのことを話した。

「斎藤さんは、じゃあ私のこと、詳しくは何も言ってなかったんですか?」
「自慢はたくさんしていただきましたよ。妬けちゃうくらい。ふふ、すっごく歌がお上手で、あ、お仕事としてされてるのにごめんなさい」
「構わないでください。そんな自慢だなんて」
「いいえ、ほんとに自慢ばっかりだったの」

恭子の話では、なぜ理子の面倒を見ることになったのか、最低限のことは教えてもらった。理子の父に世話になっていて、理子の両親が亡くなったこと、それからずっと面倒を見てきたこと。

だが、過去の記憶については自分自身のことを含めて一切は口にしていないらしい。知人として紹介した近藤や、山南、藤堂、歳也についても知人としてしか紹介していないらしい。

「口下手というか、よけいな説明はしない人ですけど、本当にすみません。私のことなんて、嫌な小姑だと思われたでしょう」
「ううん。そんなことないわ。理子さんの曲は、CDを聞かせてもらったし、藤堂さんのお店でかかっているのも聞いていたから、私ファンになっちゃったんですもの。こんな素敵な人が、斎藤さんの妹だなんてすごいって、私も友達に自慢したかったわ」

人懐こい笑顔の恭子に理子も微笑んだ。斎藤にとっての理子など、恭子からすれば気持ちのいい相手ではないだろうに、こうして共に話していると、斎藤がいかに誠実に恭子に接しているのか、そして恭子がそれをきちんと受け取っているのかが窺がえる。

「斎藤さんってば……よっぽど恭子さんのこと好きなんですね」
「やだ、理子さん」

恭子がほんのりと頬を染めて、恥ずかしいのか、磨いていた床をさも汚れが残っていたかのように磨きたてる。
その背後から、わざとなのか通りすがりに斎藤が声をかけた。
「大事な相手だから紹介してる」

すたすたと隣の部屋に歩いて行った斎藤の声だけが残って、理子と恭子は顔を見合せて、一緒に赤くなった。
そしてくすくすと一緒に笑いだすと、二人は立ちあがって斎藤のいるほうへ向かった。

「恭子さん。これから、よろしくお願いします」

―― 私とも仲良くしてください。お姉さん

「理子さん。こちらこそよろしくお願いします」

理子は恭子の腕に腕をからめた。明里といい、恭子といい、姉ができたようで本当に嬉しかった。

 

 

理子から山南や近藤達宛とともに引っ越しの連絡が藤堂の所にも届いた。そしていつものように現れた理子に相変わらずだよね、と言った。

「大昔じゃあるまいし、今時連絡しようと思えば電話でもメールでもすぐじゃん」
「そうだけど……」

空港の帰りに言われたことが尾を引いて、なかなか連絡しにくかったのだ。理子にとっては自分なりに苦しんだ挙句に出した結果だとしても、あんな風に言われても、今更変わり様がない。

それに気づいたのか、藤堂も咳払い一つで詫びを口にした。

「この前のはごめん。久々に会ったのにあんなこと言って悪かった」
「ううん。藤堂さんの言うことは間違ってないと思うけど……」
「忘れて。気にしないで。今度デートして」
「それ、ついでで言うこと?!」

さらりと付け加えられた一言に理子が吹きだした。

「なんでよ。いいじゃん」
「あのねぇ。前に彼女になろうかって言ったら、嫌だって言ったのは藤堂さんでしょ」

 

けらけらと笑っていた二人の隣に現れたのは歳也だった。

「そんなこと言ってたのか」
「うわっ、驚かさないでください」
「連絡よこせって言っただろ」
「するなんて言ってません!」

理子の隣に座った歳也の前に、藤堂が何も言わずにいつもの酒を出した。

「沖田さんはお酒、お好きなんですか?」
「ん?ああ。今はな。旨いと思うよ」

昔の土方は酒が嫌いだった。それを思い出したのだろう。理子の問いかけに歳也が頷いた。

「で?どこに住んでるんだ?」
「なんでそれを歳也さんにお知らせしなくちゃいけないんです。教えませんよ」
「ま、いいけどな。それより、このあとちょっと時間あるか?」
「はい?」

聞き返した理子に、歳也が声を落とした。

「他では話しにくいんだが、うちに寄ってくれないか」

眉をひそめた理子に、真剣な顔の歳也が囁いた。

―― 頼む。俺はお前に変なことをするつもりはないんだ

真剣な面持ちに理子はしばらく考えた後、頷いた。

 

– 続く –