〜はじめのお詫び〜
今の土方さんは後悔の人ですね 。
BGM：Celine Dion　My heart will go on
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

タクシーで歳也のマンションまで向かった沖田と理子は、歳也の家のリビングで向かい合って座った。

「またお邪魔するとは思ってませんでした」

以前、歳也の家に来た時は、総司が来て、逃げるように去ったことを思い出す。理子はあの時と自分の気持ちの変化を感じていた。

理子の前にコーヒーを入れると、歳也は向い側へ腰を落ち着けた。

「部屋にはあまり人を呼ばないしな」
「そうなんですね」

コーヒーに手を伸ばしながら、理子は歳也が話始めるのを待った。なんだか、とても言いにくい話をしようとしているようで、黙って理子は待った。

しばらくして心が決まったのか、歳也がようやく口を開いた。

「俺は、今のお前に惚れたはれたをするつもりはない。ただ、時々、元気な顔が見られて、お前が誰かと幸せになってくれさえすればいいと思ってる。ただ…」
「なんでしょう？」

素直に理子は歳也の話を聞いていた。昔と変わらないならば、この人の性格からしてもこう言うだろうとは思っていたのだ。仮に、今も理子を好きでいても表にそれを出しはしないだろう。

 

「ただ、あの時の最後の時のことは、誰にも黙っておけ。ただ、抱き締められただけだということにしておくんだ」
「そんな……、そんなこと、今の私には関係ないでしょう？」
「本当に関係ないと言い切れるのか？」

最後の時のことを歳也は斎藤や総司に、抱き締めた、としか言っていない。理子の手紙に書かれていたことも同じであったし、それでいいと思っていた。セイを愛していた斎藤や総司がそんなことを今知る必要はないからだ。

「そんな話をするために私を呼んだんですか？」
「他ではできないだろう。それに…一度、あの後総司に聞かれたんだ」

はっと、穏やかに聞いていた理子が顔を上げた。

「本当にそうなのか？とな」

 

 

 

理子が去った後、しばらくぎこちなかった総司と歳也がようやく以前のように会話するようになった頃。
歳也の部屋で飲んでいた二人は、淡々と昔の話題に触れないような会話の間に、沈黙が挟まれた。

沈黙で触れられなかった会話が剥き出しになる。

「土方さん」

それまでの呼び方が変わる。

 

からん。

歳也の手にしていたグラスの中の氷が解けて鳴った。

「神谷さんの、最後の時……貴方はあの人を抱いたんですか？」
「違うっ！！」

反射的に反応してしまった。すうっと息を吸って、気持ちを抑える。歳也が穏やかに振り返って、総司をみた。

「お前の手紙を見て、泣く神谷をあやすために抱きよせただけだ」
「そう……なんですね」

静かに見返す総司が、今は信じたのかどうかわからない。ただ信じさせるためには、目をそらさずに見つめるしかない。

不意に目をそらした総司の口元に笑みが浮かんだ。

「そうですか」

それ以上は何も聞かずに、総司は立ちあがった。

「そろそろ帰ります」
「ああ」

まだ総司に信じさせることができたか自信がなかったが、とりあえずは誤魔化しきれたかと思った。
総司を送り出すために歳也は玄関まで共に向かった。ドアを出る瞬間、総司が歳也を振り返った。

 

「土方さん。神谷さんを抱いた時のことを覚えているんですね」

 

そう言った総司は口元だけが笑っていた。歳也はそれ以上、なにも言わずにただ総司を見送った。
それから後、何事もなかったかのように総司は歳也と接していた。そして歳也も一切、それには触れなかった。

 

 

 

「あれ以上、総司に何かを言っても、疑惑を深めるしかない。だから俺もそれ以上は何も言ってない。だがな。……お前がもし、今の総司のことを想うなら、死んでも言うな。誤魔化しきれ」

歳也が、真面目な顔で理子にむかって言った。理子のためを思って言ってくれているのはよくわかる。

 

そして、たぶん。

 

こうしたことを言うくらいには、歳也は理子を想っているのだろう。その想いが伝わってきて、落ちついて聞いていた理子が、口元に手をあてた。

こんなにも自分を大事に想ってくれた人を、セイは暗闇に引き込んだ。その想いを利用して。

それさえなければ、この人はこうして後悔に浸ることなく、辛い記憶を思い出すこともなく、幸せに生きていたかも知れない。そう思うと、申し訳なくて、申し訳なくて。

「……ごめ……んなさい」
「馬鹿だな、謝るな。俺は昔それだけのことをしたんだ」

膝の上で手を組んだ歳也が、ほろ苦く笑った。
逆に、理子は以前ならばこんな風には思えなかった。こぼれた涙を押さえて、理子は立ちあがった。

「ごめんなさい。ありがとうございます。遅いのでもう帰ります」
「ああ、すまん。送っていく」
「いえ、近いんです。タクシー乗りますから大丈夫です」

財布とカギだけをポケットに入れた歳也が理子を送って部屋を出る。マンションの前で理子のためにタクシーを止めると、運転手に札を渡して、理子の言う場所まで行ってもらうように頼んだ。
理子は慌てて財布から同額を歳也のポケットに滑り込ませた。

「そんな、お金なんて大丈夫です。ありがとうございます」
「気をつけて帰れよ」
「じゃあ」

理子が乗り込むと、タクシーのドアが閉まった。行き先を言って、すぐに出してもらった。窓越しに理子は歳也に頭を下げた。

走り去るタクシーを見送って歳也はしばらくマンションの前に佇んでいた。久しぶりにこうして話が出来て、歳也はただそれだけで神に感謝していた。想いが叶うなどということは考えていない。ただ、過去を償う機会に恵まれた事がありがたいのだった。

 

–　続く　–