夜天光 9

〜はじめのお詫び〜
清三郎とセイは、理子の中で生きていると思います。
だから、傷ついても男より強いんじゃないかなぁ・・・なんて勝手な思いなんですが。

BGM:Celine Dion My heart will go on
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自宅についた理子は、まだ慣れない部屋の中で灯りをつけずにそのままバックだけテーブルの上に置いて、ベランダに出た。7階建てのマンションの6階に決めたのは、角部屋でベランダが都内のファミリー向けではない部屋にしては、広めにとられていたからだ。

もう夜になってもほとんど気温は下がらず、6階の理子の部屋のあたりでもあまり風は吹かずにじっとりと重苦しい気配を纏っている。
部屋の中は、昼間の籠った熱気のためにエアコンをいれてからベランダにでてぴたりと硝子戸は閉め切ってある。定かではないが、昔、京の熱かった夏よりはるかに今の東京の方が熱い。

頭上には朔に向かって更待月が昇っている。かつても、よく月を見上げた。今で言うところの唯一の癒しの時間だった。どこにいても、いろんな姿で自分を癒してくれた。

理子は再びその目に湧き上がってきた涙を瞬きで流れ落とした。
藤堂にしても先ほどの歳也にしても、もちろん斎藤にしても、もし彼等を今生で選んでいたら、好きになっていたら、きっとものすごく大事にされて、愛されて幸せに過ごしていただろう。

そして、どうしてもそうはできないことが、また彼等を傷つけることになっていても嘘はつけない。

何度も、思ったのだ。今の姿も性格も知らなくて、共にいる時間さえ僅かで、それなのに誰かを好きになることなどあり得るのかと。離れていてさえも、何度も昔の総司も今生の総司も夢で見て、それでも思った。そんなことがあるのかと。

なのに、戻ってすぐに吉村のところで見かけて。

逢いたくて。嬉しくて。
声を聞きたくて。話したくて。

噂で知る以上のことは何も知らない相手だというのに、こんなにも魅かれた。
どうしても、かわれない。
誰を、どれだけ傷つけても、どれほど傷ついたとしても。

どんな人でも代わりにはなれない。

泣きながら月を見上げる理子の脳裏に、昔読んだ本に出てきた詩が思い浮かぶ。

「星……数ふれば七つ……」

黄金の燈台は九つ
岩陰に白き牡蠣かぎりなく生るれど
わが恋はひとつにして寂し

(西條八十「海にて」)

たった一つ、何をどうしても替えることのできない想いがある。

「我が恋は……ひとつにして寂し」

―― それでも出逢わなければよかったなんて思わないよ

理子の中で、セイがお里に告げた言葉が聞こえた。

「ふ……ふふ。これも幸せのひとつかな」

泣き笑いの顔で、理子が呟く。手の甲で涙を拭うと、もう一度月を仰ぎ見てから理子は部屋に戻った。

イベントの詳細は、理子の主張で、追悼イベントだからといって、それを思わせるような選曲ではなく、一般的に耳慣れているもの、ポップなものも取り入れた構成に決定した。リハをするスタジオでは、スタッフが構成と曲順を確認している。場所が狭いギャラリーのため照明などの位置はほとんど決まっている。何曲か繰り返した後、一息を入れた二人は休憩の間にも楽器から離れずにいる。

初め、何かを心配していたらしい吉村は、すぐにそれを止めた。

「やっぱ、理子ちゃんは理子ちゃんだわ」
「なんですか、急に」

笑いながら言う吉村に、理子が変な顔をして聞き返した。吉村は、好き勝手に音を並べて遊びながら言った。

「いや、ほんと。やっぱ、清三郎は手に入れておくべきだったなぁ」
「馬鹿なことを言わないでください。ただでさえ波乱万丈だったのにそんな目にあってたらもっと大変なことになってましたよ」
「なんだよ、俺、幸せにしたと思うけどなぁ」
「うわ、浮之助さんは御正室も側室もいらっしゃったくせにそんなことよく言えますねぇ」
「いいんだよ。あの頃はそれでも幸せにできたんだから」

穏やかに、こんな風にあの頃のことを話せる日がくるなんて思ってもいなかった。
山南とは、言葉通り、過去を旅した。山南がいなくなった後の出来事は、辛いことの方が多くて、日々の出来事よりどう歴史が変わっていったのか、ひたすらに語った。

近藤は、過去についてはほどんど語らなかった。ただ、こういういことがあったんだなぁ、と慈しむように一つ一つの出来事を取り出しては箱に詰めていくような作業だった。
明里は、まったく過去を思い出すこともなく幸せに、山南の妻として生きている。

藤堂は、隊を離れた前後のあたりの話から一切を語らない。

彼等からすれば、浮之助が一番時代と世界を受け入れて生きてきたといえる。過去においても長命だったらしい彼は、理解しがたいと言われたあの性格も残したままの彼だから、こうして穏やかに語り合えるのだろう。

「だって、俺隠すことないもん。どうせプライベートなんかなかったしね」
「隠すことのあるなしじゃないでしょうに~」
「そうだよ。良く見られたい、嫌われたくない、好かれたい。誰かのために、何かのためにって言っても、結局そこだろ。あるがままに受け入れていれば隠すことなんかないさ」
「……ほんとだ。浮之助さんて…頭いいかも」
「だろ?惚れる?」
「惚れますねぇ。かっこいいわ」

くくっと吉村が笑った。
言い方は軽いが、本当はそういう男ではないらしい。先刻、スタッフに聞いたところ、吉村は7年越しに付き合っていた女性と、籍をいれることにしたらしい。スタッフ達でサプライズでお祝いをすることになっているらしい。
理子は二つ返事で参加することにした。

斎藤といい、吉村といい、幸せが取り巻いて行くのを感じるのは傍にいるだけで嬉しい。
生きていくには、決して綺麗事だけでは生きていくことはできないが、それでもこんな一瞬が誰かを救うこともある。

イベントのために選んだ曲もそんな思いがこもっている。

– 続く –