薄明 4

〜はじめのお詫び〜
ダークというか、その、単なるろくでなしなんじゃないだろうか・・・・(疑
でも、変にきれいごとだけで済んだら世の中の恋愛なんか泣く人いないですよ。うん。
BGM:FUNKY MONKEY BABYS Lovin’ Life
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「そんなこと言うくらいなら……あっ、いやっ…」

うっかりとしゃべりそうになった藤堂がはっと口を押さえた。うわーとつぶやいた藤堂がぱしん、と顔の前で手を合わせた。

「今のなしっ!」
「神谷さんに何か聞きました?この前彼女が来た時に聞いたんですね?」

顔は笑っているのに眼だけが笑ってない。藤堂はうっかり口を滑らせた自分に舌打ちしたくなった。

「なんにも言ってないよ。ただ、同居してるだけの居候だって言ってたからさ」

空になったグラスを手にした総司が、次はロックで、と差し出した。藤堂は飲まずにいられないのかと、まあるい氷の入ったグラスに多めに注いだ。
新しいコースターにグラスを置くと、ついっと総司の前に差し出す。

「本当に同じ部屋の中に一緒にいられるのが嬉しいんですよ。神谷さんの匂いが部屋を開けた瞬間にするのが」

分かってもらえます?と向けられた目に、それは分からなくもないために、こくりと藤堂は頷いた。それが自分でもきっと嬉しいだろう。

「なんかもう、ふとした瞬間に話ができたり、ちょっとからかった時の反応とか、可愛くて仕方がないんです。初めは毛を逆立てた子猫みたいだったのに少しずつ馴染んで解けていくのがわかるんですよねぇ」
「……あのー。のろけ聞いてるわけじゃないんだけど?」
「だって本当なんですもん。やっとキスしても体が逃げなくなったのに」

初めは、あれだけがちがちに鎧を着ていた彼女が、本当に無防備に思えて一瞬、頬に触れただけでもびくっと怯える様子に、悲しい思いをしながらも少しずつ、近づいてきた。抱きしめても反射的に怖がらなくなった。軽く触れるようなキスに逃げなくなった。

「情けないんですけど、大事にしすぎて触れられないんですよねぇ……」

そういう総司の顔が、本当に愛おしそうで藤堂はようやく腑に落ちた。
要するに、本当は一番欲しい相手を大事にしすぎて手を出せなくなって、揚句にその噂で理子に八つ当たりをしはじめた女達を納める方向に走ったと。

「あー…、なんか突っ込み所満載なんだけど。とにかくほかの女とデートってサイテー」
「ひどいのは分かってますって……」
「なんて言い訳しても駄目。神谷が代わりに刺されたあと皆、手を切ったんじゃないの?」

来るもの拒まずだったくせに、理子がいるからもう相手はできないと切り捨てた女の一人に理子が刺されたのが、理子が海外に行ったきっかけだったはずだ。そうして、憎み切れない総司を本当に愛するために離れた理子がその手に戻ってきたのにそんな情けない様はないだろう。

「切りましたよ。皆さん、後腐れなく。ただ、今回は本当に彼女達は神谷さんの仕事がしにくくなるようにしていたものですから」
「だからって、それを理子が知ったらどう思うのさ?考えなしすぎだよ。今の俺より5つも上の人とは思えないよ」
「って、えっ、まさか」

そう話をしていて急に総司が慌てだした。藤堂は仕方がないとばかりに肩をすくめた。

「だから『自分は単なる同居人』」
「うわっ……」

くしゃっと昔と同じ癖で前髪を書き上げるようにして、頭を抱え込んだ。

「つまみ食いっていったって、一人は本当に食事と軽く飲んだだけですよ。確かに2,3回は行きましたし、雰囲気はちょっと作りましたけど、それで機嫌が良くなって神谷さんの仕事がやりやすくなったらいいじゃないですか!」
「はあ?俺に言い訳してもしょうがないじゃん。それに一人はってまだあるんでしょ?!」
「もう一人だって、本当は本命の彼氏がいる人ですよ。うまくいかないからって散々飲み歩くのに付き合って、酔っ払って道端でもどした女性をそのまま置いていけないじゃないですか。部屋まで運んで、帰るのに困るくらい汚れたんで、シャワーだけ借りたんですよ」

確かに酔っ払って力が入らなくなった女性はとても重い。タクシーから下ろした後に、彼女の部屋に上がるための小さな階段さえ上がれなくて、抱え上げようとしたところで再びもどしたものだから片腕と片足は犠牲にしたのは仕方がない。

幸い、彼女の部屋には乾燥機があったので、様子を見がてら汚れた服を洗って乾かした。その間にシャワーを借りて、時折具合が悪い彼女の世話をしていたのだ。

「……あー……うん。その、俺はそれが本当なんだろうなって分かるよ」

ようやく聞いた話の中身に、呆れた顔で藤堂は少しだけ身を引いた。店中に聞こえるくらい力説されていればそうだろう。テーブル席で飲ん でいたグループやカップルの連れとおぼしき女性たちがくすくすと笑っている。本人は一向にかまうつもりがないらしいが、長身でそこそこ格好のいい男が酒を 飲みながら、店のカウンターでこんな情けない話を力説していれば、女性陣の同情くらいかうだろう。

「ただ、さ。それを神谷がちゃんと聞いてくれるといいけど」

うーわー、と呟いて頭を抱えた総司に、初めは怒りの眼を向けていた藤堂も憐みの眼を向けた。確かに、デートした彼女達の扱いは同じ男と してどうかと思う。だが、その理由と、デートの中身を聞けば、仕方ないかなと思ってしまう。それは藤堂が男だからで、理子がどう思うかは別だ。
まして、中途半端な目撃や、噂話ほど信憑性高く信じ込んでしまうものはない。

「どうしたらいいんでしょう。……信じてくれるかな」
「ま、まあ……誠心誠意伝えれば……」
「だって、私、あの人から意地悪とか嘘つきって未だに思われてますもん!!」

真っ剣に取り乱している総司を見ているうちに、藤堂はおかしくなってきた。店の中も、笑いがさざめいている。徐々に口元がゆがんで、笑いだした藤堂に、総司がきっ、と眼を向けた。

「藤堂さん?!笑い事じゃないですってば」
「あ、あはっごめんっ。まあその、さ。帰って神谷に言い訳しなよ。いいよ。ここは奢るよ」
「そんなこと言ったって!どんな顔で帰ればいいんですか~!!」
「今更じゃん?素直に帰んなよ」
「藤堂さん、呼び出しておいてそれ、冷たくないですか」

じと、と睨んだ総司に、しゃあしゃあと藤堂は答えた。

「何言ってんのさ。この話、俺が沖田さんと斎藤さんに話してたらどうなってると思う?今頃、話を聞いてもらう前にまたこれだよ?」

そういって、藤堂は自分の頬を殴る真似をした。ぐっと詰まった総司は目を閉じてぶつぶつと文句にまぎれて、ありがとうございます、と言った。
頭を抱えたままあれこれと一人の世界に入っていた総司の所に、女性だけのグループで飲んでいた一人が立ちあがって、近づいてきた。

「あの、すみません」
「えっ。……はい」

口元に笑みを浮かべた女性は、小さな包みをカウンターの上に差し出した。

「ごめんなさいね。あの、声が大きかったものだからついつい話が聞こえちゃって……。これ、会社の忘年会で貰ったもので失礼かもしれないんですけど、有名なお店のでおいしいチョコレートなんです。これをもって彼女と頑張って仲直りしてください」

声をかけられて訝しげに顔を上げた総司は、はっと彼女と後を振り返って、同じグループらしい女性たちが軽く手を振っているのを見て真っ赤になった。

「あっ、あの、すみませんっ。うるさかったですよね。しかも情けない話で……」
「いえいえ。あの、彼女さん、きっとわかってくれますよ。そんなに大事にされてるんだったら大丈夫」

くすくすと笑いながら話す彼女に、もう、店に入った時からの会話すべてが聞かれていたのかと思うと、穴があったら入りたいくらいだ。カウンターの椅子から下りて、総司は正面から彼女を見て礼を言った。

「ありがとうございます。そう、願って頑張ってみます」

赤い顔のままそう答えた総司に、彼女の連れの女性たちから声がかかった。

「大丈夫!!頑張って!」
「そうそう!大事な相手ならなおさらよ!」

うわー、と赤いのを通り越して口元を押さえた総司は頭を下げて、コートと仕事の鞄にチョコレートの小さな包みを手にしてもう一度頭を下げた。

「ありがとう。帰ります」

うん、とうなずいた彼女に手にしたチョコの包みを見せると、藤堂にごめん、と言って、総司は店の入り口に向かった。その後姿に、カップルで来ていた男性の方が笑いながら声を上げた。

「がんばれよ!」

店の入り口で笑顔で振り返った総司は、頷きながら店を後にした。
見ず知らずの、隣のテーブルに座っている人さえ知らないというのに、総司が去った後の店内にはくすぐったいような微笑ましい空気が漂っていた。
藤堂は、店の中にかかっていた有線の曲から、理子が前に持ってきたラブソングが多く入ったCDをかけた。
すぐ、曲がラブソングに変わったのを客達が笑いながら話している。きっと、総司が言い訳倒していいるところを覆い浮かべながら。

 

– 続く –