桜の木の下で 10

〜はじめのつぶやき〜
やることは昔と一緒……か?なぁ~?もうちょっと続きます。
BGM:FUNKY MONKEY BABYS 桜
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「だから!斎藤さん、聞いてる?」

多忙を極めている斎藤を無理に呼び出した藤堂は、黙ったままの斎藤に迫った。理子が斎藤の家にいることを斎藤から聞いた藤堂は、すぐに斎藤の家に向かった。だが、とじこもったきり理子は何を言われても出てはこなかった。
恭子に宥められて、一度は引き下がったが毎日藤堂は斎藤の家に通った。
それと同時に、総司の携帯にも何度も連絡を取ったが、どうしても繋がらなかった。

埒が明かなくなった藤堂は歳也に連絡を取り、歳也が総司の家に行ったが総司の姿はなかった。

「どういうことだよ!」
「落ち着きなさい。藤堂君」

うろうろと落ち着きなく皆の座ったテーブルの周囲を歩きまわる藤堂を近藤がたしなめた。止められた藤堂は、斎藤の目の前にどさっと腰を下ろした。

自分の店だというのに、藤堂は思い切りテーブルを叩いた。跳ね上がったグラスから酒がこぼれて、つい条件反射でテーブルを拭いてしまった。
動くだけ動いてから思わず動いてしまった習性に藤堂は苦々しい顔で舌打ちをした。

「なんで?俺、わけわかんないんだけど!!」
「何がだ?」

藤堂を除いて全員が水割りというテーブルで一番ピッチが早い歳也が低い声でじろりと藤堂を見た。まさに、鬼副長の顔で睨むように顔を上げた歳也に、藤堂が噛みついた。

「何が?何がは俺の台詞だっての。なんなんだよ。あれだけ嫉妬に怒り狂ったりしてたじゃん。確かに、俺も今年は神谷も楽しく過ごせるんじゃないかって思ってたよ。だけどさぁ!なんで置いてくのさ!なんでいなくなるのさ!!ありえないんだけど」

いちスタッフから店長に昇格した藤堂は、職権乱用も甚だしいが、近藤、歳也、斎藤が今夜なんとか顔をそろえられることになって、急きょ店は休みにしてしまった。本人曰く、たまの臨時休業くらいで傾くような店ではないそうだ。

他の客に気を使うことなく堂々と会話ができるのはそういうわけで、酒も食事も藤堂の提供だ。

「誰が誰を置いていったって?」

静かに斎藤が口を開いた。苛立った藤堂が、テーブルに手をついて身を乗り出した。
なぜ、理子を預かっている斎藤がこうも静かなのか全く分からない。なぜ怒らないのか、理子を大事にすると言っていた総司が理子を預けたまま姿を消しているのに、ひどく静かだった。

「なんで……。斎藤さんは怒らないの?神谷に、別れようかって言うだけ言って消えたんだよ?総司が神谷を置いて行った以外の何があるのさ!!」

理子から聞き出して、心配する藤堂へ斎藤は何があったかはきちんと伝えていた。藤堂を介して、近藤と歳也にもそれは伝わっていたが、思いのほか二人も落ち着いていて。

自分一人が怒って暴れているのかと、どこか理不尽な思いで藤堂は無意識に握りしめた拳を開いては、握ることを繰り返していた。からん、と音を立てたグラスを置いた近藤が藤堂の二の腕に手を置いた。

「落ち着きなさい。今日は来れなかったが、山南さんもそんな風に動揺はしていなかったよ」
「ま、そうだろうな」

自分だけのけものにされたような気がして、藤堂は思い切り不機嫌な顔のまま近藤を振り返った。決して機嫌が良さそうではないものの、歳也でさえ比較的冷静で、不機嫌ゆえの低い声なのは変わらないが、淡々と酒を飲んでいる。

「藤堂君。私達は、神谷……、いや富永セイという子をよく知っていたんだ。彼女は当時、神谷清三郎という名前だったけどね?」

テーブルの四方にそれぞれ腰を下していたために、藤堂は右手に近藤を、左手に斎藤をみて、首を傾けた。少しだけおどけた口調で近藤が言うことがよくわからない。

「どういうことですか?近藤さん」
「君もそうだったはずだよ。藤堂君。私達は、本当によく知っているんだ。だから大丈夫だよ」
「何が大丈夫だっていうんです?近藤さんはいつもあちこち飛び回ってるから、今の時期、神谷がどれだけ不安定になって、辛そうにしてるか知らないから!」

勢いに任せて魁先生さながらに怒鳴った藤堂の口にひょいっと斎藤が目の前に置かれていたつまみ代わりのチョコレートを放り込んだ。むぐっと、突然口 の中に押し込まれて言葉に詰まった藤堂は、思い切りむせそうになって慌てて目の前のビールを手にして、今度はその炭酸にむせて咳き込んだ。

仕掛けた本人は平然とした顔でグラスを口元に運んでいる。早々にグラスを開けてしまった歳也が自ら目の前のボトルからグラスに酒を足して、こきこきっと首を鳴らした。

「落ち着けって言ってんだろ?お前、ちょっと視界狭すぎ。総司と張り合うのもいいけどな。もうちょっとちゃんとあいつらを見ろ」

むぅっと黙り込んだ藤堂は、目の前にいる三人をそれぞれ睨みつけた。
大人の態度の皆よりも、藤堂は一番理子に近くて、何度もその辛さを聞いたし、誰にも話してはいないこともたくさん聞いた。
それだけに、理子への同調が一番高いともいえる。

「藤堂君。富永セイという子は、確かにその人生の最後には辛さに負けて悲しい道を辿ったかもしれない。でもそれは、一番信頼していた人を見失って、 たぶん、二番手くらいに信頼していた人をも見失ったからだと私は思うよ。たとえ、同じ事態になったとしても、真実を見失わなかったら間違いなくそんな道は 辿らなかった子なんだ。だから大丈夫だよ」

その言葉のまっすぐさは昔のままに近藤が言うと、二番手扱いされた二人が顔を見合わせた。結局、俺かよ、と片眉をあげた歳也は苦いものの心底から不安には陥っていない。歳也もまた、知っているからだ。

「しっかりしろ、藤堂。あいつはそんなタマだったか?そんなに簡単に諦めて、何もかも放り出す奴だったか?だったら、俺達をアレだけ騙し通してまで、ついてこなかっただろう。だったら、とうの昔に思い出したことなんか見なかったフリをしてあっさり逃げ出してただろう?」
「それは!歳也さんも近藤さんも今の時期、神谷がどれだけ傷つきやすいか知らないからだよ」
「傷つきやすかったら諦められるのか?あいつが?」

ふん、と鼻先で笑った歳也が、冗談も休み休み言え、と呟いた。追い打ちをかけるように、グラスを置いた斎藤が藤堂の目の前にひどく濃い目の水割りを作って差し出した。
初めは自分の分を改めて作りなおすのかと思って見ていたら、目の前に差しだされたために、藤堂が真剣に呆れそうになった。水割りのほぼ半分程度、酒というのはあんまりだろう。

「それに、腹が立つことに俺は沖田総司という人間がどういうヤツなのか、よく知っていた。腹が立つのでものすごく嫌いだった分、余計によく知ってる。だから大丈夫だ。藤堂さん。アンタに順番は回ってこない」

さりげなく藤堂を否定した斎藤にあのねぇ、とこぼした藤堂は恐ろしいくらい濃い水割りを舐めるように口をつけた。

大人達三人は、互いに顔を見合わせると口の端をあげてにやりと意味ありげな顔を交わし合った。結局のところ、二人の事は大丈夫だから心配するなとい うことらしい。納得のいかない藤堂は、それでも携帯を取り出して、まずは総司へ連絡を寄越せとメールを送り、理子へは様子伺いのメールを出した。

懲りねぇ奴、と歳也が笑い、斎藤が含み笑いをしながら自分の携帯を取り出した。

「そろそろ一週間だ」
「いや、あと10日だろ?お前の結婚式」

理子を預かってからの日数を言った斎藤にわざと歳也が話を捻じ曲げた。

「ちょっと、歳也さん。俺の事からかってんの?俺が心配してるのに馬鹿にしてんの?!」

ついに耐えかねて藤堂がキレた。立ち上がった藤堂の正面で同じく立ち上がった歳也がぎろりと睨みつけた。

「お前こそふざけんじゃねぇ。いいか。俺達が前世の記憶を覚えていることも、こうして同じ時代、同じような場所に生まれるなんざ、どれだけの確率だ と思ってんだ。え?天文学的なくらいの確率であいつらはもう一度出会ったんだ。ちょっとやそっとの喧嘩沙汰でガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」

ぴしりと言い切られた藤堂は、唇を噛み締めて俯いた。

―― もう一度出会ったのは俺だって一緒だけど……

それでも理子が幸せで、笑っていてくれればいい。
総司が戻ったら、絶対に一発殴らなければ気が済まない、と藤堂は思っていた。結局のところ、藤堂も総司が戻ってくると思っていることを認めたくはなかったけれど。

 

 

– 続く –