桜の木の下で 11

〜はじめのつぶやき〜
この辺からは現実にはいないだろうなぁ、こんな人。
BGM:FUNKY MONKEY BABYS 桜
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きっちり、斎藤が言った通り、8日目に斎藤宛に連絡が来て、やれやれと思いながら斎藤は理子を近くへ連れ出した。

ある日は、総司の家まで行ってみると言う日があれば、眠ることもできずに部屋にこもっている日もあった理子は、久しぶりの外出に、何も考えずにただ斎藤に連れられて移動した。

しばらく家にいるように言われ、先に帰ったとだけ言われた総司がどうしているのか、理子には全くわからなかった。送ったメールも返信はこないまま で、不安だけが押し寄せて来るかと思えば、これでもう自分が忘れ去られるなら、セイの願いさえ叶えてやることもできないまま、残りの人生を生きるのかとど うしようもない焦燥に駆られていた理子には、もう何をどう考えていいのか分からなくなっていた。

途中から車に乗せられ、連れて行かれた先は都内も都内、六本木で恭子にされるがままに着替えさせられ、化粧させられて出てきた理子は、どこに連れて行かれるのかと不安げな顔でタクシーの外を眺めた。

六本木ヒルズの辺りかと思っていると、それよりももっと先の広尾駅の近くで車から降ろされた。

「電車で来ても良かったんだがな。こんな距離タクシーになんか乗るもんじゃないな」

そう言いながら斎藤は理子を連れて、有栖川宮公園へと足を向けた。あちこちに風に乗った名残りの桜の花びらが散っている。公園の入り口まで来ると、斎藤が立ち止まった。

「池の方へ向かっていくと、騎馬像があるからその辺りまで行けばわかる」
「斎藤さん?わかるって一体何が……」
「話がしたいそうだ」

それだけで誰が待っているのかすぐに分かった。はっと理子の表情が揺らいだものの、頷いて園内の見取り図を見ながら池の方へ向かって歩き出した。

徐々に、散ってしまった後の葉桜と、開花時期の遅い八重桜や普通の桜よりも紅色の濃いものが咲いている辺りに差しかかり、胸が痛んだ理子は、それでも浅い呼吸でゆっくりとやり過ごしながら歩いて行った。

晴天の割に、遊ぶ姿よりもサラリーマンの休憩姿の方が多い。木々の枝に隠れて騎馬像がわかりにくかった理子は、辺りを見回して、そこに佇んでいた総 司の姿を見つけた。いつもの仕事のようなスーツ姿でポケットに両手を入れて立っていた総司は、理子の姿に気づくと、にこっと笑って、ゆっくりと歩いてき た。

「あの……」

何を言っていいのかわからないまま口を開いた理子に、にこっと笑った総司は上に向けて人差し指を向けた。

「ほら。一緒に桜、見られましたね」
「え?あ、はいっ……」

自然に差し出された手に、一瞬、躊躇した理子にん?と首を傾けた総司がもう一歩近づいて理子の手を取ると、ゆっくりと歩き出した。柵に近いあたりにあるあいているベンチに向かうと、軽く手で払ってから総司は腰を下ろした。
手を繫いだままだったので、つられて理子も隣に腰を下ろす。

「具合、大丈夫?」

するっと、一番先に体調を問いかけられて理子は頷いた。頷いた理子に、総司が微笑んで同じように頷きを返した。

「斎藤さんのところで何をして過ごしてました?ゆっくりできました?」
「……何も。ただぼんやりと……。そう……、一橋さんは?」

総司さんは、と聞くところを言いかけて理子はそのまま呼んでいいのか分からなくて、結局言いなおした。一度、その呼び方に総司が目を伏せてから、再び顔を上げると目を細めて青空を背景にした桜を見上げながらぎゅっと握った手を軽くひいた。

「私ですか。正直、初めの二日くらいですかね。帰ってから家でひたすら飲んでました。飲んで、酔っ払って吐いて、そうそう。空きっ腹でお酒だけを飲み続けてるとお腹壊すんですよ。いやぁ、シャレになりませんでしたよ」

トイレの住人なんて恰好悪いでしょ、と総司は笑いながら再び目を伏せた。

「本当に、恰好悪いくらい落ち込んで、どうしていいのか分からなくてお酒を飲むくらいしか思いつかなかったんです」

 

あの日、総司が斎藤に思わず痛いと漏らしたことは、そのまま心の痛みでそのままその場にいてもどうしたらいいのかわからなかった。斎藤が理子を診察へと連れて行くことはわかっていたから、通りすがりの看護婦にメモを頼んで逃げるように病院を後にした。

どうやって家まで戻ったのかも覚えていないくらいどろどろに落ち込んで、ひたすらに自分を責めた。
海外に行っている間はもちろん日本の春とは違うし、いちいち報告するものでもなかっただろう。斎藤や藤堂達も、わざわざ1年に一時期体調を崩す話などしなかったのも頷ける。

ただ、自分がまったく頼りにされていなかったのかというところから、徐々に切れ味悪い刀で斬り付けられたようにじわじわと何度も小さな傷が自分の内面へと斬り付けてきた。具合が悪くなることも、桜が嫌いなことも、それが自分のせいだからこそ余計に隠されて。

過去の自分の行いを、これ以上今の自分がどうやって償えるのかと思うと目の前が真っ暗になる気がして、とにかく目についた酒を飲んだ。飲んで酔っ払い、そのまま倒れこむように床の上で寝て、起きて吐いて、それでも飲んだ。

「家の中がすごい有様でしたよ」

リビングにおいてあるのと、オープンキッチンのために、弾かないときは必ずカバーをかけられているピアノが部屋の中央を占めていたのだが、酔っ払って、肌寒くなると動くのさえ億劫でピアノカバーを片腕で引っ張り、周りのグラスや酒をなぎ倒して、カバーにくるまって眠った。

朝起きて、その惨状にうんざりすると、足で蹴散らして歩いた。
確かに目の前にあったと思った幸せの名残りが、互いの予定を確認していたコルクボードの上で、過ぎてしまった予定を張り付けていて、目ざわりになった総司は力任せに引きちぎって部屋のどこかへと放り出した。

恨まれているかもしれないとは思ったが、互いに、今は愛し合ってると思い込んでいた。それが幻想だったのかと思うとやりきれなくて、吐いて、飲んでを繰り返した。

二日目の夕暮れになって、吐くものも飲むものも無くなって、風呂場に行って頭から水をかぶると修行でもするように、服を着たまま頭から思い切り水をかぶった。

頭が冷えてくると、総司は服を着替えて伸びてきた無精ひげも剃らずに家を出た。どこへ向かうかも考えずに家を出た総司は、思いついて、電車に乗るとその日中で行けるところまで行ける手段を検索して、京都へ向かった。

「そんな無茶な生活して、私なんかよりもっと、体壊しちゃう!」
「一日や二日じゃ大丈夫ですよ。なんだか、同じことをぐるぐる考えてたんですよね。あの時、貴女に言ったでしょう?別れましょうかって」

総司の言葉にどきっと心臓が跳ね上がる。そんな理子の気持ちを知ってか知らずか、総司は優しい笑みを浮かべたまま理子を振り返った。

「それをずっと考えていたんですよ」

息が苦しくて、本当にそうしようと思ってずっと考えていたのかと、冷や汗が滲む想いで理子が次の言葉を待つ。言葉を慎重に選んで、ゆっくりと総司は話を続けた。

「もし、本当に、貴女が私といることで苦しむんだとして、それで本当に私は貴女と別れて生きていけるのかなって。ただひたすらそんなことを考えていたんです」
「総司さんと一緒にいることで苦しいんじゃないです!ただ、もう二度と繰り返したくない事をどうしても想い出してしまうからで、今の総司さんが悪いわけでもなんでもなくて。だからどうしていいのか分からなくて……」
「苦しかったんでしょう?」

わかります、と言った総司は握っていた手を離して、手の平を膝の上で開いた。手の平に滲んだ汗を風にさらして。

「貴女を苦しめたくて一緒にいたかったんじゃない」

 

 

 

– 続く –